うつほの手2
左胸に耳を当てる。
とくん、とくんと聞こえる音。
それは、自分よりも体温が低くて、華奢で、目を離した隙にふっといなくなってしまうんじゃないかと時折思わせてくれる体が、確かにそこにいてくれることの証のようで、柢王はときどき、甘えたふりをして桂花の胸に耳を押し当てていた。
柢王は桂花に甘えて抱きついた。
「なんです? ごろごろと」
蓋天城にいるせいか、桂花の声はいつもより硬い。
「いや・・・お前のこと、大切だなって思ってさ」
お前が俺を選んでくれなかったら、俺は今どうしていたかな。
そう言ったら、桂花は皮肉を返してきたけれど。
つれない口調も愛しくて、柢王は部屋に戻っても、桂花に抱きついていた。
ここが二人の家ではないから特に、桂花が辛そうで、ふっといなくなってしまわないかと不安で、そんなときはいつも、こうやってずっと抱きしめている。抱きしめて、腕の中に閉じ込めて、鼓動を聞いている。
心臓の音。魔族の心臓は、『核』というらしいけど、呼び名は違ってもそれが桂花の命の源であることは、自分と変わらない。だからこうして抱きしめては、桂花が自分の側で生きてくれていることを確認する。
・・・天界での生活が、桂花にとって楽なものでないことはわかっている。それでも、一国の王子として元帥として人の上に立つ柢王に、突き刺さるような視線を浴びながら側にいてくれる。
(これが私の愛し方だから)
そう、諦めたように告げた幼馴染の、笑ってない笑顔が胸をよぎった。
いつも傍らに桂花を置くことで、自分の意思をはっきりと示した柢王。
それはティアが、アシュレイと距離を置くことで彼を守ろうとした決意とは正反対で。
・・・桂花が天界でどんなに辛くても。
絶対に失えない。
――そう思う自分を、ひどく勝手だと柢王は思った。
桂花が無言で柢王の髪を梳いている。優しい仕種に、言葉にすることなど叶わないような何かがこみ上げてきて、柢王は桂花を抱きしめた腕に力をこめた。
「・・・苦しいですよ、柢王。怪我が治ったからって、そう力を入れないでください」
呆れるほどに冷静な声が降ってくる。本当に苦しいのか?
「なあ、桂花」
「はい?」
「どこにも行くなよ」
「・・・なんですか、突然」
「いいから。どこにも行くなよ。約束しろよ」
「はいはい」
子供をあやす口調で答え、桂花はなおも柢王の髪を撫でていた。
優しい手。それは柢王のものだ。何があっても、例え桂花が望んでも、失うことのできないもの。
――以前は、消えるなら俺に言ってからにしてくれと桂花に頼んだ柢王だったが、今は桂花が消えることなど、考えたくなかった。
考えたくなかったのだ。