美女と野獣(前編)
とある小さな町に健さんという人が住んでいました。
とっても美青年な彼は、老若男女問わず、モテモテでした。
あるうららかな昼下がり、健さんは港町まで買い出しに出かけ、数週間分の食料と衣類を買い、帰宅の途につきました。
港町を出るころには雲が広がっているだけだった空が森に差し掛かる頃には暗雲に変わり、雪がちらほらと舞い始めたのです。
健さんは急いで森を抜けようとしましたが、街道を少し行ったところで猛吹雪となってしまいました。
「マジかよっ。このままじゃ死んじまうじゃねーかっ」
健さんは馬車をすごい勢いで転がします。
が、目の前は真っ白で何も見えません。
ふと気づくと、そこは街道ではなく、見たこともない景色が広がっていました。
「…あれ?」
きょろきょろと辺りを見回しますが、どうみても慣れ親しんだ森の街道ではありませんでした。
どうやら、ホワイトマジックにかかって迷ってしまったようでした。
本当なら雪が収まるまで動かずにいた方がいいのですが、しかしこの寒さです。このまま動かずにいたら死んでしまいます。
健さんは馬を連れて、雪をしのげる場所を探すことにしました。
彷徨うこと数時間。
目の前に大きなお城が現われました。
何やら不気味な雰囲気が漂っているお城です。
門柱も錆び付いていますし、窓からは明かりがもれていることもありません。
「ここで吹雪が収まるのを待たせてもらうか…」
これ以上外にいては危険です。
ギギッと錆び付いた門を開け、健さんはお城の大きな扉の前に立ちます。
なにやら胸騒ぎがしましたが、命には換えられません。
健さんが呼び鈴に手をかけたとたん、とても重そうな扉が静かに開いたのです。
「…誰かいねぇのか…??」
お城の中は真っ暗で、人の気配すらしません。
けれど、あちらの部屋から食べ物の匂いがしてきます。
健さんは恐る恐る部屋の中を覗き込みました。
暖炉には暖かな火が入り、テーブルの上には豪華な食事が湯気を立てていました。
「食えってことか?」
健さんはそういって椅子に座りました。
目の前に置かれている食事をじーーっと見つめてしまいます。
中々、手をつけられません。
それもそうです。
人の気配もないのに暖炉には薪がくべられ、食事の用意はされているのです。
もしかして毒が入っているかもしれません。
さて、どうしたものか、と健さんが試案しているとき。
「外は酷い吹雪です。一夜の宿と食事をあなたに提供しましょう。食事が終わったら隣の部屋へお行きなさい。ベッドが用意してあります。ただし、夜が明けるまでその部屋から1歩も出てはいけません。夜が明けたら早々にここから立ち去りなさい」
どこからともなく、淋しげで悲しげな声が聞こえて来ました。
「誰だ?!」
健さんは辺りを見回しましたが人の気配はやっぱりありません。
けれど聞こえて来た声は嫌な声ではありませんでした。
ここは声の主を信用して、いわれた通りにしようと思い健さんは食事を始めたのです。
翌朝。
吹雪も収まり、朝日が輝いています。
昨日の夜よく見えなかった部屋の中がよく見えます。
ベッドは立派なものでしたが、部屋の中は長らく人が使っていなかったのでしょう。
荒れ放題に荒れていました。
「よく眠れましたか?」
またあの声が聞こえて来ます。
「おかげさんでな」
「食事を用意しました。どうぞお召し上がりください」
ギギィッと音がして扉が開きます。
食事をしながら健さんは思いました。
なぜ、声の主は姿を見せないのだろう。
「なぁ、どーせ、見てんだろ?なんで姿を見せねーんだ?」
健さんはパンを頬張りながら、部屋のどこともなく話しかけました。
「…それは」
声の主はためらっているようでした。
「なんだよ。見せられねぇ訳でもあるのか?」
「…俺の姿は醜いんです」
声の主は言いました。
「なんだよ、そんなコトか。んなこたぁ、俺りゃ気にしねぇ。礼も言いたいし、それにどーせ見られてるんなら目の前で見られてる方が落ち着く」
出て来い、と健さんは言いました。
「きっと、あなたは俺を見たとたんに恐れをなして逃げ出すでしょう」
「見てみねぇとわかんねぇじゃねーか」
声の主は覚悟を決めたようです。廊下の方からなにかが動く気配がします。
健さんは声の主が姿を現わすのを待ちました。
扉がゆっくりと開いてそこから姿を見せたのは…。
一匹の獣でした。