投稿(妄想)小説の部屋

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No.232 (2001/04/11 19:45) 投稿者:ZAKKO

芹沢さんちの慎吾くん《秋の大運動会編》

 今日は、ちび慎吾君が通う小学校の運動会です。
 お昼休み、グラウンドの一角には妙に華やかな集団が陣取っていました。ござの上は《美青年、各種取り揃えております》状態で、周りの若奥様方が色めきたっています。
 決死の覚悟で『あの、もしよろしければ、ご一緒に…』と声をかけた強者もいるのですが、
「有難うございます。ですが、私共も大人数ですので、そちら様が狭くて落ち着けないでしょう…また何か機会がありましたら、よろしくお願いします」
 貴奨さんの申し訳なさそうな声色と、とどめの微笑みにすべて撃退されてしまいました。
『ケッ』と呟いた健ちゃんは、笑顔で慎吾君に声をかけます。
「おうシン、謎々すっか?『問題ゾナ〜! 女ギライのくせに、女タラシ…な〜んだ?』」
「わぁ〜っ、似てる似てる〜っ!」
 喜んでパチパチと拍手をした慎吾君は、しかし、
「でも……『女タラシ』ってナニ?」
 と小首をかしげます。
 ガクッ、とずっこけるふりをする健ちゃんを見やり、思わず溜息をつく江端さんと小さく吹き出す高槻さん。
『…PTA付き合いも、慎吾の為だ…』という貴奨さんの想いに、健ちゃんは気付かなかった様です。
「さ、はやくお昼にしよう…慎吾君も体操とかあったし、お腹すいたろう?」
 笑いながら言う高槻さんの言葉に、いそいそと手作りのお弁当をひろげる健ちゃん。
「運動会と言えば、いなり寿司に海苔巻きだよなぁ、シン? ほーら、沢山食いなっ」
 しかしそこへ、恒例の『貴奨さんチェック』が……。
「午後一番にダンスと、その後50m走もあるんだろうが。調子にのって食い過ぎると、腹が痛くなるぞ…バナナでも食っておけ」
「ッか〜っ、この一大イベントの昼飯に、バナナ! あまりの物悲しさに涙が出てくンぜ!!」
 さり気な〜く健ちゃんの出した重箱をよけバナナを手前に置く貴奨さんと、それに気付き重箱を移動し直す健ちゃん。
 そんな二人を見て、高槻さんがおかしそうに目を細めます。
「ふふ……慎吾君に、頑張って欲しいんだよな? どうせ夜はお祝いするつもりで、昨日から豪華な夕食の下ごしらえしてたんだろ…?」
「……無駄口を叩くな」
 短く言った貴奨さんに『はいはい』と言って肩をすくめた高槻さんは、手にしたサンドイッチを抜け駆けして慎吾君に差し出します。
「トマトとチーズのサンドイッチだよ、慎吾君。パンも今朝焼いたばかりだから、美味しいよ? はい、あ〜ん♪」
 高槻さんがにっこりと差し出してくるパンを、ちょっと赤くなりながらも素直に口にする慎吾君。
「ああ、ほら、おべんとつけて……」
 クスクスと笑いながら、慎吾君の口元についたパンのかけらをつまみ、パク、と食べてしまう高槻さん。
「「………!!」」
 石化してる健ちゃんと貴奨さんの二人をよそに《日本人なら米を食え!》江端さんが慎吾君におにぎりを勧めます。
「ひとつ位ならかまわねぇだろう。あまり軽すぎても、夕方までもたんぞ」
 それもそうかな…と思った慎吾君は、これまた素直におにぎりを受け取り、歓声をあげました。
「わぁ、コレ、すっごくキレイだよ江端さん! 俺がつくると、なんか丸くなっちゃうんだよな〜。どうやったら、こんなにうまく出来るのっ?!」
 そんな可愛い事を言う慎吾君を、高槻さんが優しい眼で見つめます。
「慎吾君、おむすび作れるんだ? 凄いじゃないか……今度、私にも食べさせてね?」
『うんっ!』と大きく頷いた慎吾君は、元気よくおにぎりを頬ばりました。
「あっ、シャケだ〜♪ 俺、シャケのが一番好きなんだっ。ありがとっ、江端さん!」
 和気あいあいとしている三人と、石化したままの二人を見比べた正道君が、ポツリと呟きます。
「……すっげー分かりやすい力関係……」
 ………お昼の休憩時間も、そろそろ終わりに近付いていました。

 晴れ渡った空の下、お昼休み終了のアナウンスが流れ、午後の競技が始まりました。
 保護者の観覧席では、《慎吾君のダンスの時スタミナハンディカムを手離さない貴奨さん》やら《慎吾君の50m走に並走して職員に取り押さえられる健ちゃん》など、微笑ましい光景が繰り広げられています。
 そしてとうとう、慎吾君の最後の出場種目、『障害物借り物競争』が開始されました。
 梯子の間をぬけ、網をくぐり、平均台もクリアして、ぶっちぎりのトップで用紙を拾う慎吾君。
 中を見た慎吾君は、タッタッタッ……と貴奨さん達のござの方へ走って来ました。
「あのっ…あのね、コレ…っ!」
 息をはずませる慎吾君から紙を受け取った高槻さんが、書いてある字を読み上げます。
「えーと……ん。『好きな人』、だって」
「慎吾…おまえ、何でソレでこっち来ちゃうんだ? 普通、そーいうのはお約束としてクラスの女の子のところ行くんじゃねぇ?」
 腕組みをしてツッコミをいれる正道君に、慎吾君が目を見張ります。
「ええっ、そうなの?! どうしよう、俺…っ!!」
 オロオロする慎吾君に、高槻さんが優しく声をかけます。
「自分の思った様にすればいいんだよ、慎吾君?…正道、余計な事言うんじゃない…私は、とても嬉しいな。慎吾君が、私達を好きだって事だものね」
 ホッとして笑顔になる慎吾君と、高槻さんに叱られて嬉しそうに
「はいっ、ごめんなさーいっ♪」
 と、よい子のお返事をする正道君。
 と、その時。すっく、と立ち上がった人物が、約二名……。
「……アレレ、貴奨さん、どーしたんですか?何、いきなり立ってんです?」「……君こそ、何をしている」
 今まで踵を踏んでいた健ちゃんが靴をはき直すのを冷やかな眼差しで見る貴奨さんに、どこかからかう様な声が答えます。
「そっりゃあ、俺の出番ですからねぇえ?」
 健ちゃんの言葉にピクッ、と眉を動かす貴奨さん。
「こういう場合は『家族』が出ると相場が決まっている。君は座って見ていたまえ」
「……へぇ。スーツに革靴で、埃まみれになって走るって? あなたが?! それに……貴奨さん、『年寄りの冷や水』って言葉、知ってます?」
 にーっこり、と微笑んで、健ちゃん宣戦布告です。
 正道君がバスケットから取り出したグラスを爪で『チーンッ』とはじくと同時に(勿論「行儀が悪いよ、正道!」と高槻さんに叱られました)、これまた恒例の『大人げないバトル』が始まりました。

 ………数分後。
 二人が我に帰った時、慎吾君の姿は既にありませんでした。
「慎吾はっ?!」
「シンはッ?!」
 二人にそろって振り返られた高槻さんは、頬に片手をあてて溜息をつくと、呆れた様に言います。
「あのな……これは、レースなんだぞ? …君達がぐずぐずしてる間に、江端君が走っていったよ」
「「何ィッ?!!」」
「体格のいい彼が、軽々と慎吾君を肩車して颯爽と走る姿は、そりゃあ格好よかったな。慎吾君も、大喜びだったしね」
 高槻さんの言葉に、ガックリ、とうなだれる二人。

 その日の夜。貴奨さん宅では『慎吾君・50m走2位&障害物借り物競争1位おめでとう!』会が開かれたという事です……。


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