芹沢さんちの慎吾くん《秋の行楽・料理対決編》
とある、秋の晴れた一日。
いつものメンバーは、以前から仕事の調整をし、松茸狩りに来ていました。江端さんと貴奨さんの車に分かれて来たのですが、皆でドライブをするのは初めてのちび慎吾君は大喜びです。
「ねぇねぇっ、晴れてよかったねっ!何か、空気もおいしいしっ。…あっ、アレそうかなっ? ねぇ貴奨、アレまつたけっ?!」
貴奨さんの返事も待たず、子犬の様にダーッ、と駆けていく慎吾君。
「あまりはしゃぐと転ぶぞ! …って、ああ。言ってるそばから…!」
木の根に足をとられてつんのめる慎吾君に、軽く舌打ちをして走りよる貴奨さん。
しかし、すかさず襟首をつかんだ健ちゃんのお陰で、慎吾君は転ばずに済みました。
「大丈夫か、シン? 楽しいのはわかるが、ちっとは気ィつけな」
「あ、ありがと…ごめんね、健さん」
素直に謝る慎吾君の頭を、唇の端で笑いながらポンポン、と叩く健ちゃん。
「……向井君。慎吾は猫の仔じゃないんだ、そういう事はやめてくれ。首が絞まりでもしたらどうする」
「ハッ。シンのピンチを俺に救われて、お兄チャンはご機嫌ななめ…ってか」
苦々しい貴奨さんの言葉に、目を光らせた健ちゃんがズバッと言い返します。
その様子を見て、江端さんと高槻さんは『やれやれ…』と肩をすくめました。
「こんな所まで来て、言い合いは止めてくれないかな。『松茸狩り』に来てるんだから、早く松茸を探したらどうだい?」
笑顔で(しかし奥に逆らえない響きを隠した声で)言う高槻さんに、二人は互いに反対の方向へと足を向けました。
……一時間もすると、何本か数も集まってきたので、貴奨さん達は昼食をとる事にしました。ここは別料金を払うとガスコンロや鉄板、フライパンなどが借りられ、その場で料理をして食べる事が出来るのです。
「…貴奨さん、料理出来るンすか?」
「出来ない、とは言わん」
探りを入れた健ちゃんは、言外に『得意と言う程ではない』という匂いをかぎとり、ひそかにガッツポーズをとりました。何しろ、健ちゃんは料理上手。
やっと、今までしてやられてきた仕返しが出来そうです……。
健ちゃんは鼻歌を歌いつつ荷物を広げ、料理にとりかかりました。
しばらくして、高槻さんとあやとりやしりとりをして遊んでいた慎吾君の前に、二人の料理が出されます。
「何を作ったのかな? 二人とも」
面白そうに尋ねる高槻さんに、健ちゃんはニヤリ、と笑って手にした皿を置きました。
「俺がシンに作ってやる料理と言えば…これだろーが」
《松茸のクレープ包み・チーズ風味クリームソースがけ》
解説:松茸を二本丸ごと贅沢に使用。まわりを優しく包むクレープは卵と牛乳をふんだんに使い、まろやかな口当たりに仕上げました。クレープ生地はあくまでも薄く焼きあげ、中の松茸が見える程。
子供の舌を意識してそえられた、クリームソースも絶妙です。
アウトドア料理とは思えない、鉄人・向井の仕事ぶりが光る逸品。
「へぇ、凄いな…うん、見た目も綺麗だし。芹沢の方は…?」
対して、貴奨さんが無言で出したのは……
《松茸のホイル焼き》
解説:まさに『シンプル・イズ・ベスト』! 小細工はいらぬ、とばかりに真っ向から勝負にでた、鉄人・芹沢の心意気が光るひと品。
採れたばかりの新鮮な松茸の中からシェフより抜きのものを、風味をそこなわずにホイル焼きにしました。
ホイルを破った時にたちのぼる、何とも言えない香りが食欲をそそります。すだちを搾ってお召し上がり下さい。
「…………うん。まぁ……茸料理だしね……」
高槻さんの感想を聞いた健ちゃんは、内心『勝った!!』と思いました。
「シン、腹へったろ? さ、食いな」
後は、慎吾君が『どちらを先に食べてくれるか』だけです。
「う、うん…」
いただきます、と小さく言った慎吾君は……しかし、じっと料理を見つめたまま、手を出そうとしません。
いぶかしげな貴奨さんと健ちゃんが見守る中、数分が経過しました。
「……慎吾君?」
高槻さんがそっと覗き込むと……何と、慎吾君の目がウルウル状態になっています!
「…どうしたの、慎吾君」
優しく頬に触れられた慎吾君は、高槻さんを見上げると、思いきった様に口を開きました。
「俺っ…まつたけ、見つけたりするのは楽しかったし、貴奨と健さんが俺の為に、って料理してくれたのも、すごく嬉しかったんだけど…っ! でもっ…こんな大きなキノコ、丸ごとなんて…食べられな…ごめんっ、二人とも! …俺、ワガママだ…っ!!」
……ちび慎吾君の告白を聞いた三人は、『…まぁ…子供だしな…確かに、《デカいキノコ》は…美味くはなさそうだな…』と、それぞれに納得した様子でした……。
しかし、ここで終らないのが高槻さんです。
「実はね、こんな事もあるかと思って、あっちの薪が燃やせる所で江端君に松茸ご飯を作ってもらってるんだ。そろそろ炊ける頃だから、呼んでくるよ」
にっこりと笑って、
「それなら松茸も薄く切ってあるし、炊き込みご飯は大丈夫だよね?」
と聞いてくる高槻さんに、慎吾君はホッとした様子で『うんっ!』と頷きました。
「(エーバーターぁ…姿が見えねぇと思ったら、ンな事してやがったのか…ちッ、使われてんじゃねぇよ! トランクの大荷物はそーいう訳だったのかよ…っ)」
そう、江端さんは健ちゃんに気づかれない様に、釜と無洗米にミネラルウォーター、調味料まで持参していたのです!(笑)
思わず舌打ちをしてしまった貴奨さんは、自分で自分のその行為に驚きつつ、苦笑しました。
「……ぬかりが無いな、高槻?」
そんな貴奨さんへ、高槻さんは嫣然としつつ、ひらひらっ、と手を振ります。
「お褒めにあずかり、恐縮だよ」
そんなこんなでやっと、『皆で昼食タイム』が始まりました。
テーブルにはいつの間にやら、高槻さんの手による天ぷらやら網焼きやらが増えています。
「『おまえの作った』ホイル焼きは、私が全部食べてやるから…」
「……気落ちしたガキを慰める様な言い草だな。俺は別に、ガッカリなどしてないぞ」
冷酒を口に運びながらうそぶく貴奨さんに、高槻さんが和らかく微笑みます。「ふふ…。これは、今の慎吾君にはまだ『大人の味』すぎたんだよ。そのうち、一緒に酒を飲みながら食える様になるさ」
「……気の長い話だ……」
苦笑まじりに、それでもまんざらでもなさそうな顔で、呟く貴奨さん。
「……待て、コラ」
一方では、皿にのばした江端さんの手を、健ちゃんがピシャリと叩いている所でした。
「こりゃ、俺が『シンの為に』作ったんだよ。抜け駆けヤローに誰が食わせるかってーの! ったく、意地汚ぇよなぁ。そんなんだから、無駄にデカくなンだよ!」
「…料理ってのは、食う為にあるんだろうが。食ってやらねぇと可哀相だろ、せっかくの料理がよ」
叩かれた事など一向に気にせず、健ちゃんの料理を自分の皿に取り分ける江端さん。
「…ちッ。妙な笑い方してんじゃねぇよ」
……何はともあれ、楽しい休日だった様です♪