投稿(妄想)小説の部屋

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No.230 (2001/04/11 19:42) 投稿者:ZAKKO

芹沢さんちの慎吾くん《出会い編・前編》

 熱い日差しが照りつける、8月のある一日。世間一般では夏休み真っ只中ですが、珍しい事にその日、芹沢兄弟はそろってお休みでした。
 前から健ちゃんに誘われていた慎吾君は、ついでに遊びに来ていた正道君も一緒に、江端さんと四人で海に出かけていました。
 慎吾君と正道君の二人だけなら、どうと言う事もなく普通の友達同士に見えたのですが……そこに派手なアロハシャツと黒いサングラス姿(当然足元はビーチサンダル)の健ちゃんや、真夏だというのに全身黒づくめな江端さんが加わると、とてつもなく怪しい集団と化してしまい……周りの視線を集めまくって少々気疲れもしましたが、楽しい時間を過ごし、夕方には貴奨さんのマンションへと戻ってきたのでした。
「健さん江端さん、晩御飯食べてきますよね!ずっと運転してもらっちゃったし、帰ってから作るの嫌でしょう?」
 最初は帰りかけた健ちゃんでしたが、笑顔の慎吾君に腕をとられ、そのまま中へと連れ込まれてしまいました。
「……慎吾〜、俺だけ帰れとか言わないよなぁ?」
 車を置いてくる、と言って江端さんは一旦出て行きましたが、勿論正道君も一緒です。

 部屋に戻った皆を出迎えたのは、何と高槻さんでした。
「高槻さん?!う、嬉しいけど何で…っ?」
 びっくりする慎吾君に、高槻さんは悪戯っぽく笑って言います。
「『せっかく一緒の休みが取れたのに、一人置いてかれた』ってどこかの誰かが落ち込んでたから、慰めに来てやったんだよ」
 その時、リビングの方から聞こえてきた不自然に大きな咳払いに皆が笑う中、正道君だけは、喜んでいいのやら悲しんでいいのやら複雑な心境だったのですが…。
「夕食の準備は私がもうしてるから、慎吾君達は休んでおいで」
 高槻さんの言葉に、皆はリビングへと移動しました。
 ソファーでは貴奨さんが新聞を広げています……『奥さんが飯を作るのを待ってる旦那』に見えてしまった正道君は、一人心で涙しました…。
「ごめんね、健さん、正道……俺、支度ができるまで部屋で休んできてもいい? 何だか、凄く眠くって…」
 目をこすりながら言う慎吾君に、健ちゃんがフッ、と笑います。
「ガキ。出かけるのが嬉しくって、眠れなかったんだろーが」
「そっ、そんな事ないよっ。ちゃんと寝たってば!」
 図星をさされて赤くなる慎吾君。
 二人の間を流れる空気に、少〜しだけ面白くない気分になる芹沢・兄でした。

 慎吾君が自分の部屋へ行ってしまうと、そこには健ちゃんと貴奨さん、正道君だけが残りました。談笑する面子でもないのですが、黙りこんでいるのもアレなので、何となく会話などしてみます。
「楽しかったっスよ、海。貴奨さんも来れば良かったのに」
「……君は、俺がいない方がよかったんじゃないのか、向井君」
 自分で買ってきていたコーラの500mlボトルに口をつけながら、正道君が貴奨さんに言います。
「貴奨さんでも、海に行ったりなんかするんですか?海外ならまだしも、この辺の海に貴奨さんって、全然イメージじゃないんだけどな」
 ……それはもう、全員一致の意見かと思われましたが、貴奨さんは小さく笑って口を開きました。
「俺だって、海位行った事はあるさ……そう、慎吾とも行ったな、昔」
 思わず、健ちゃんの耳がダンボになります。
「へ〜っ、いつ頃の話なんですか?」
 身を乗り出す正道君に、貴奨さんは新聞をたたんで話し始めました。
「……そう、あれは慎吾が10歳の時だった……」

 ――――芹沢兄・夏の思い出を語る――――

 その日はやはり夏休みで…俺は、親父に頼まれて慎吾の奴を潮干狩りに連れて行った。
 朝のラジオ体操の時「家族で潮干狩りに行って来た」と話している他の子供達を見た慎吾が、羨ましそうな顔をしていた、と教えた途端「おまえも行って来い!」と命令されたんだ……親父は多分、自分で連れて行きたかったんだろうが、仕事があってな。
 家族連れやらカップルで混み合った、さほど綺麗でもない海岸に着いた途端、プラスチックの熊手とバケツを持った慎吾は大喜びで波打ち際に走って行って…早速あちこちを掘り返していたな。
 全くやる気のなかった俺は、だが仕方なくその辺の目に付いた貝をいくつか拾ってみたりしていて……そのうち、離れた所まで行っていた慎吾が嬉しそうに俺の名を呼びながら走ってきたんだ。
「貴奨、貴奨! コレやるっ!」
 満面の笑みで、うす桃色の貝殻を差し出してくる。
「……この貝は食えないぞ。殻しかないし」
「知ってる! でも、キレイだろ?」
あきれた様に言った俺に、あいつはニコニコしながら、さらに『んっ!』と小さな手のひらを差し出してきた。
「俺、名前も知ってる!『さくらがい』って言うんだっ」
「ほう(……何を得意げにこいつは……)」
 そっけなく返事をした俺は、だが慎吾が大きな目でジッとこっちを見つめたままなのに気付き、付け足す様に言った。
「物知りなんだな、おまえ」
 途端にあいつの顔が、パァッ、と輝いた……とんでもなく嬉しそうな笑顔。
「えへへっ……でも、ほんとはハンソクしたんだ」
 慎吾は頭をかくと、ぺろっ、と舌の先を覗かせた。
「近くにいた女の人が、教えてくれたんだ。『坊や、これ、桜貝って言うのよ』って」
「ほう(こいつは……この俺がしたくもない潮干狩りに付き合って、貝を拾ってやってるってのに……自分は知らない女と楽しくお話か。そうか……)」
内心かなりムッとした俺に気付かず、慎吾は言った。
「でねっ、『この貝は割れやすいの。こんなに綺麗なの見つけるの、難しいのよ?』って!」
「…………」
 そんな会話に興味はなかった俺は、もはや相槌をうつ気もなく、無言のままだったが……慎吾はさらに続ける。
「それで、『好きなコにあげるといいわ、きっと喜んでくれると思うから』って! だから……はいっ!!」
「…………」
 少し照れた様に頬を染めながら、俺の手に貝殻をのせてくる慎吾を見て……俺はさっきとは違った意味で、言葉を失った……。
(思い出終了)


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