投稿(妄想)小説の部屋

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No.228 (2001/04/10 22:51) 投稿者:桐加由貴

魔術師の憂鬱

 東の辺境の城の周囲は、薬草の宝庫である。
 初めて柢王にここに連れてこられて以来、暇を見つけては薬草を摘むのが桂花の日課になった。
 集めた草を乾して粉にしたり、煎じたり。様々な薬を作るのに必要な道具は、柢王と一緒に街で揃えた。
 剣の稽古で怪我をするのは専ら桂花だが、たまには柢王も傷を負うときがある。そんなときには桂花が手当てをしてやるのも、もうだいぶ慣れた。

「桂花。・・・桂花?」
 うたたねから目覚めると、桂花の姿がなかった。
 柢王は桂花の名を呼びながら城の中を見て回った。・・・いない。
 外だろうと柢王は思った。また、薬草を摘みに行っているのだろう。
 卓(テーブル)の上の水差しから直接水を飲んで、柢王は窓の張り出しに腰をかけて外を眺める。思ったとおり、まばらな木の間に白い影が見え隠れしていた。その周囲を飛び回っている小さな影が冰玉だ。
 桂花が聖水を飲まされた一件以来、柢王はここで桂花と過ごすことが多くなった。城にいても気は休まらないし、またいつあんなことがあるとも知れない。もう何にも使われていないこの城は、いい隠れ家になってくれた。
(薬草も多いし・・・)
 桂花もここを気に入っているらしい。言葉にはしないものの、柢王にはうすうす伝わってきていた。
(それに冰玉もな)
 初めて桂花と肌を合わせてからもうふた月が過ぎた。あれ以来、何度も夜を共に過ごしている。いつもいつも、求めるのは柢王のほうだが、桂花も拒むことはほとんどなかった。
(でも、あいつはまだ俺のことを信じていない・・・)
 桂花は、表面上は実におとなしい、従順な態度を取っている。知らないものが見たら、心から柢王に従っているのだと思い込んでしまうであろうほど。それでも、柢王は気づいていた。あれは桂花の処世術だ。誰かに従って、流されるようでいて、心は明け渡さない。
 だが柢王の欲しいものはそんなものではない。柢王が欲しいのは、桂花の嘘のない心丸ごとなのだから。
「ふあ・・・あ」
 柢王はあくびをした。
(・・・まだねむー)
 壁に背中を預けて、硝子に額を押し付けて、柢王は眠る体勢に入った。
(桂花・・・早く俺のこと信じてくれよ)
 そう夢うつつで思いながら、彼は引き込まれるように寝入った。
 
 ・・・どれくらいの時間が経ったかはわからない。もしかしたら、寝付いてすぐかも知れなかった。
 微かな衣擦れの音に、柢王は薄く眼を開けた。
 桂花が、自分の体に、毛布を掛けてくれている。
 例え桂花であろうと、眠っているときに近づいて来られると、柢王は眼を覚ましてしまう。それはもう、剣に生きる者の本能に近い。誰かに無防備な己をさらけ出すことができないのだ。僅かな例外は、ティアとアシュレイだけ。
 それでも柢王は、その時、寝たふりをした。桂花が、柢王が眠っているときだけとはいえ、自分から近づいて、気遣ってくれたのだ。だから、今の自分は無防備でいたかった。
 温かい熱が体に染み渡るようで、毛布の柔らかな感触が心地よかった。

 空腹を思い出させるような匂いで、柢王は眼を覚ました。
「・・・あれ、メシか?」
 桂花が無言で、卓に二人分の料理を並べている。ここにいる時の食事の支度は桂花の役目だった。桂花は、料理をするところと食べる場所を、きっちり分けて考えている。それは例えば食事をする場所と眠る場所、という点でも同じで、空間を役割ごとに区別するような几帳面なところがあった。 
「うまそーだな」
 柢王がいそいそと卓に着いて食べ始めると、桂花がそんな彼をじっと見つめた。
「なんだ? 桂花」
「・・・別に」
 桂花はそっけなく呟いて、自分も皿に箸をつける。
「おまえの作るメシ、うまいよな。薬はあんなにまずいのにさ」
「・・・嫌なら飲まなければいい」
 桂花は視線を外した。それに柢王は笑ってみせる。
「そりゃまずいけど、すっげー効くもんな。城のお抱え薬師なんかメじゃねーってくらいにさ」
 す、と桂花の瞳が翳った。褒められたにしては、妙な反応だ。
 このごろの桂花は、時折こんな顔を見せる。それも大抵、柢王が桂花を褒めたり、大事なのだと言ったりしたときだ。
「・・・吾が、毒を飲ませているとは思わないのか?」
「おまえが? なんで」
 柢王はまた笑う。
「なんでおまえがそんなことするんだ? しないだろ」
 そう言い切ってしまうと、柢王は再び、箸を動かし始めた。
「食わないのか? 冷めちまうぜ」
「・・・ええ」
 ゆっくりと桂花も食べ始める。
 そんな桂花を、柢王は気取られないように見つめた。
 桂花の露悪的な言い方は、今に始まったことではない。初めてこの辺境の城で彼が目覚めたときから、桂花は何度もこんな言い方をした。
 天界人と魔族は相容れないものだ、自分達は敵同士なのだ。・・・自分は、柢王を害するであろう存在なのだと。
 だが柢王の記憶では、桂花が実際に彼を傷つけたことは一度もない。むしろ逆だ。
 食事を作ってくれる。怪我の手当てをしてくれる。今日は、毛布を掛けてくれた。
 初めて出会ってから、もう数ヶ月が過ぎている。まだ心を開いてはくれないけど、それでも桂花は柢王を傷つけたりはしない。
 柢王はそれをわかっているからなおさら、桂花に自分のことを信じてほしいと思う。そうすれば、あんなふうに瞳を翳らせることもないのではと思えるのだ。それは、根拠のない思い込みかもしれないけど。
 桂花が何を言っても、柢王は桂花をすごいと思っていて、大切にしたいのだ。
(・・・わざわざあんな露悪的なこと言わなくても、言ってほしいならいくらでも言ってやるから。おまえのことを信じてるんだって)
 柢王のその言葉を桂花が信じてくれれば、きっと柢王は、桂花の前でも熟睡できる。さっきだって、剣を放して、眼を閉じて、無防備でいられたのだから。今度こそ、本当に。
 柢王はそう思った。


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