方円の器
東の辺境の城の周囲は、薬草の宝庫である。
初めて柢王にここに連れてこられて以来、暇を見つけては薬草を摘むのが桂花の日課になった。
集めた草を乾して粉にしたり、煎じたり。様々な薬を作るのに必要な道具は、柢王と一緒に街で揃えた。
剣の稽古で怪我をするのは専ら桂花だが、たまには柢王も傷を負うときがある。そんなときには桂花が手当てをしてやるのも、もうだいぶ慣れた。
桂花が薬草を摘んで戻って来ると、まだ柢王は寝ていた。場所を、長椅子から窓の張り出しに移している。
いくら寝相が悪くても、ここまで転がってくるはずはないから、一度起きたのだろう。
桂花が薬草の詰まった籠を置いてきても、柢王は目覚める気配がない。
桂花は少し離れたところから、眠る柢王を見つめた。
そうして少し突っ立っていた桂花は、ややして長椅子に放り出されていた毛布を手に取った。
ゆっくり柢王に歩み寄る姿は、むしろ戸惑っている。毛布を掛けてやろうなどと思いついた自分が不思議で、それを実行しようとしているのはさらに不思議だった。
これが李々だったら、迷う暇もなく実行しているだろうけど。
桂花が柢王に毛布を掛けてやっても、柢王は眼を覚まさなかった。
食事の支度が調う頃には、さすがに柢王も起き出してきた。
「うまそーだな」
言うが早いか、早速箸をつける彼を見て、桂花はしばし動きを止める。
・・・この男は、なぜこうも簡単に、自分の作ったものを食べられるのか。
毒が入っているかもとか、思わないのだろうか。ただでさえ魔族の手によるもの、まして桂花は薬も扱える。それなのに。
・・・それなのに、柢王は、桂花に傷の手当てまでさせるのだ。
「なんだ? 桂花」
「・・・別に」
「おまえの作るメシ、うまいよな。薬はあんなにまずいのにさ」
「・・・嫌なら飲まなければいい」
桂花は視線を外した。
・・・そう、柢王が嫌なら、飲まなければいいのだ。魔族の作った薬など、信じられる天界人がどこにいる?
「そりゃまずいけど、すっげー効くもんな。城のお抱え薬師なんかメじゃねーってくらいにさ」
柢王は屈託なく笑う。彼はだいたいいつも笑顔だった。陽気で強気で、何もかも面白がっているような顔で、それ以外の表情など、桂花はほとんど見たことがない。
自分が毒を入れたとは思わないのか、と言ってみても、その笑顔は揺るがなかった。
「なんでおまえがそんなことするんだ? しないだろ」
そう言い切ってしまう。
そう、桂花は別に、そんなことをしたいとは思わない。だが、あまりにもあっさりと言い切られてしまうと、反発したくなるのも事実だった。
この男に自分の何がわかる?
・・・だが桂花が何を言っても、柢王は揺るぎない眼差しで、簡単に否定してしまうのだ。
おまえはそんなことしないだろ? と。
桂花は色々なことを言ってみたのだ。魔族の血は飲んだ相手を操れる、に始まって、傷の手当ての振りをして悪化させるかもとか、吾に剣の扱い方を教えていいのかとか、吾を監視していなくていいのかとか、柢王が寝入った隙に刃を向けるかもしれないとか・・・天界人など信じられないとか。。
だが何を言った時も、柢王の答えは同じだった。
「おまえが魔族でも、俺は信じているから」
そう言って、笑う。いつも。
・・・次は、何を言えばいいだろう? もう、あらかたのことは言ってしまった。そして、柢王に否定されてしまったのだ。
おまえを信じているからと、柢王はいつまで言えるのだろう。その限りは想像出来なかったが、きっと彼がそう言ううちは、自分は柢王といるのだろう、と、そう思ったのは初めてで、桂花は心底、そんな自分が不思議だった。