桜爛漫・・・3
ギルの奴から、甲斐甲斐しく電話があった。
「なあ、鷲尾、絹一とはちゃんとデートしているか? 絹一は仕事の虫だよ。連日残業ばかりだから、早く帰れと私が言っても笑って聞きやしない。しまいには仕事を持ち帰ってしまうのだ」
いささかオーバーな溜め息と共に、嘆きの声が告げてくる。
ギルはワーカーホーリックな絹一を心配しては、俺にどうにかしろと迫る。
まるで娘を持つ心配性の父親だ(本人が認めていることだ)。
「年度末で、忙しいのだろう?」
「そうだが、絹一は、要領が悪いし、仕事が出来すぎる。困ったものだ」
そのまま放っておくと、延々と絹一の事を聞かされそうだった。
「仕事は絹一の誇りだ、やりたいようにやらせてやるがいいだろう。疲れているようなら、俺がなんとかする」
「そうか? 頼んだぞ、鷲尾」
言いたいことだけ告げて、ギルの電話が切れた。
「おいしいですね、雰囲気も申し分ない感じだし」
絹一が極上の笑みと共に俺を見た。
ホワイトディのお返しを、まだ用意していないという絹一の買い物につきあった後で、レストランでの食事だ。
今夜は仕事を入れていないし、絹一は明日が休みだからゆっくりできる。
仕事の事は、絹一が自分から話さない限りはあえて聞かない。
聞いて欲しい素振りが少しでもあればだが、絹一にその気はないようだ。
絹一は疲れていないわけではないが、思ったよりは元気なようだ。
観たいビデオの話をしたら、絹一も観たいと言うので飲みには出ずに、部屋に戻ることにした。
順番にシャワーを浴びて、酒を飲みながゆったりと時を過ごす。
ビデオの内容をたわいも無くはなしながら、ソファに座る俺の足元に寄りかかるようにして座っている絹一の項を指がいたずらする。
くすぐったいと身をよじる絹一が、嫌がっていないのは知っている。
ビデオが終わりに近づいてきた。
絹一が頭を預けてきた。
仰向いた絹一の眼が俺を捕らえた。
俺はもちろん、喜んで捕らえられることにした。
「俺は、今、幸せなんだ・・・」
目覚めた朝に絹一からポツリとこぼされた言葉を、俺は聞いていた。
俺は、今目が覚めたとように身じろいだ。
「ん・・絹一起きたのか、まだ早いんじゃないのか?」
絹一のちょっとはみ出した肩に毛布を引き上げ、絹一を抱きしめなおす。
俺は以前から暖めていたプランを、さりげなく持ち出してみた。
「なあ」
「はい?」
「満開になったら、夜桜観にいこうか?」
「夜桜・・・ですか?」
絹一は少し考える様子だったが、花が咲くように笑った。
「・・いいですね、それ」
今日は始まったばかり、まだ時間は一杯ある。
微笑んだままの唇を塞ぐことにした。