投稿(妄想)小説の部屋

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No.222 (2001/03/22 10:33) 投稿者:綺羅

桜爛漫・・・4(完)

 絹一と出会った時、あいつは夜桜の下で俺を誘っていた。
 その気と、無意識の混ざった誘い。
 野郎だと分かっていても、何となく惹かれたのは事実。
 この仕事を続ける以上は「特別な人間を作らない」と自分に課したルール。
 絹一が特別なのだと心底自覚させたのは本庄の奴だ。
 絹一が頭は恐ろしく切れるくせに、簡単な事を難しく捕らえる不器用な奴だと知ったときは、もう色んな事を許していたと思う。

 昼間の騒がしさが嘘のように静かな夜半。
 しだれ桜が車のライトに浮かび上がる。
 絹一は魅せられたように咲き誇る花の下に佇んでいる。
 俺は花の中に佇む絹一に、魅せられていた。
 絹一は華のある男だが、桜が一番似合うな、なんて考えていた。
 絹一が桜から視線を外し、俺を見た。
「鷲尾さんは桜の樹が、全て男だと知っていましたか?」
「いや」
 ちょっと、溜め息混じりのかすれ気味の声がささやくように続く。
「絢爛に咲き乱れるこの花も、一夜の雨に潔く散ってしまいます。武士道に通じるものと、昔の人は解釈したようですね」
 桜は儚い印象の方が強いが、隠れた芯は強いのだろう。
「潔く散るか、俺には向かない言葉だ」
 俺を見る絹一の瞳が大きくなる。
「そうですね、貴方は簡単に物事を諦めたりはしない人ですものね」
 絹一の言葉に笑う、その通りだからだ。
「道は常に探すものだ。現状に甘んじているやつに明日はこないさ」
 何もせずに嘆くより、あがいてジタバタするほうがいい。
「貴方は・・・鷲尾さんはいつも前向きだ」
 微笑みながら、絹一は両手で腕を抱きしめて身体を震わす。
 春とはいえ、夜半は冷える。
 絹一を少しでも暖めてやりたくて、背中から抱きしめた。
「冷えてきたな・・帰るか」
 絹一が回した腕にそっと手を添えてきた。
「ええ、でも、もうちょっとだけ・・・」
 絹一のささやきは、心なしか甘い響きを含んでいる。
 相手が欲し、自分も欲する。
 絹一は自己満足的に一方的に与えられる感情(愛情)を望まない。
 ホストとしての俺は相手の望むものを察し、与えて、時には癒してやるのが仕事だ。
 絹一はもちろん客じゃない。
 こいつにだけは、俺は自分を曝け出して、甘えることも出来る。
 絹一も隠さない。
 二人の位置は対等だから。
「カイ・・・」
 絹一の吐息を貯めたようなちいさなささやき、それだけで充分だった。
 回した腕を緩めて、絹一を正面から見詰めなおす。
 絹一が背中に腕を回し、俺は絹一の腰を抱き寄せた。
 なあ、絹一、桜の季節にめぐり合った俺たちは、これから幾つの桜の季節を共に見送るのだろうな。
 俺も意外とロマンチストだったらしい・・・そう言ったら、お前さんは笑うだろうか?


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