桜爛漫・・・4(完)
絹一と出会った時、あいつは夜桜の下で俺を誘っていた。
その気と、無意識の混ざった誘い。
野郎だと分かっていても、何となく惹かれたのは事実。
この仕事を続ける以上は「特別な人間を作らない」と自分に課したルール。
絹一が特別なのだと心底自覚させたのは本庄の奴だ。
絹一が頭は恐ろしく切れるくせに、簡単な事を難しく捕らえる不器用な奴だと知ったときは、もう色んな事を許していたと思う。
昼間の騒がしさが嘘のように静かな夜半。
しだれ桜が車のライトに浮かび上がる。
絹一は魅せられたように咲き誇る花の下に佇んでいる。
俺は花の中に佇む絹一に、魅せられていた。
絹一は華のある男だが、桜が一番似合うな、なんて考えていた。
絹一が桜から視線を外し、俺を見た。
「鷲尾さんは桜の樹が、全て男だと知っていましたか?」
「いや」
ちょっと、溜め息混じりのかすれ気味の声がささやくように続く。
「絢爛に咲き乱れるこの花も、一夜の雨に潔く散ってしまいます。武士道に通じるものと、昔の人は解釈したようですね」
桜は儚い印象の方が強いが、隠れた芯は強いのだろう。
「潔く散るか、俺には向かない言葉だ」
俺を見る絹一の瞳が大きくなる。
「そうですね、貴方は簡単に物事を諦めたりはしない人ですものね」
絹一の言葉に笑う、その通りだからだ。
「道は常に探すものだ。現状に甘んじているやつに明日はこないさ」
何もせずに嘆くより、あがいてジタバタするほうがいい。
「貴方は・・・鷲尾さんはいつも前向きだ」
微笑みながら、絹一は両手で腕を抱きしめて身体を震わす。
春とはいえ、夜半は冷える。
絹一を少しでも暖めてやりたくて、背中から抱きしめた。
「冷えてきたな・・帰るか」
絹一が回した腕にそっと手を添えてきた。
「ええ、でも、もうちょっとだけ・・・」
絹一のささやきは、心なしか甘い響きを含んでいる。
相手が欲し、自分も欲する。
絹一は自己満足的に一方的に与えられる感情(愛情)を望まない。
ホストとしての俺は相手の望むものを察し、与えて、時には癒してやるのが仕事だ。
絹一はもちろん客じゃない。
こいつにだけは、俺は自分を曝け出して、甘えることも出来る。
絹一も隠さない。
二人の位置は対等だから。
「カイ・・・」
絹一の吐息を貯めたようなちいさなささやき、それだけで充分だった。
回した腕を緩めて、絹一を正面から見詰めなおす。
絹一が背中に腕を回し、俺は絹一の腰を抱き寄せた。
なあ、絹一、桜の季節にめぐり合った俺たちは、これから幾つの桜の季節を共に見送るのだろうな。
俺も意外とロマンチストだったらしい・・・そう言ったら、お前さんは笑うだろうか?