桜爛漫・・・1
暖かな腕の中で目覚めた朝、温もりは、心地よく離れがたい。
「・・・朝か」
絹一はポツリと漏れた、自分の声が切ないみたいで急に恥ずかしいような気がしてきた。
鷲尾との関係は、これほどには無いというくらいに巧くいっていると絹一は思う。
昨夜は、仕事の後でホワイトディのお返しを鷲尾と買いにでたのだ。
義理(本命も居るだろうと鷲尾は冷やかすが)チョコでも、お返しは人間関係の大事な潤滑油だから、と押し切られたのだ。
「記念に残るものはよしたほうが無難だ」の鷲尾の言により、絹一が女の子たちに選んだのは、フレバりー・ティーを筒状にラピングした物と定番のクッキーをセットにしたもの。
「ギルバートか、あいつには仕事で返せばいいさ」それには、絹一も異存は無い。
仕事を入れていなかった鷲尾と久しぶりに外食をして、鷲尾の部屋で絹一も眠った。
絹一にとって鷲尾と過ごす時間はとても自然で、穏やかな安らぎに満ちていた。
そう、譬え激しく身体を重ねている瞬間でさえも、それは奪い合うものではなく、相手に一方的に押し付けるものでもなく、お互いが欲している気持ちを分け合う瞬間なのだから。
絹一は鷲尾と出会い、自分の中をしっかりと見詰めなおす事ができた。
誰よりも大切で、失いたくない人間が自分にも出来たのだ。
もう、あの孤独に満ちた世界には戻れないだろう自分も知ってしまったのだ。
誰も、鷲尾の代わりにはなれないし、そんなことは絹一自身も望みはしない。
今の絹一には、一人でも生きていけると思っていたあの頃の突っ張っていた自分が不思議なほど昔に思えるのだ。
「俺は、今、幸せなんだ・・・」
小さなつぶやきが再び漏れた。
鷲尾が身じろいだ。
「ん・・絹一起きたのか、まだ早いんじゃないのか?」
空調が効いている部屋は程よい温度だが、鷲尾は絹一のちょっとはみ出した肩に毛布を引き上げ、絹一を抱きしめなおす。
「なあ」
「はい?」
「満開になったら、夜桜観にいこうか?」
「夜桜・・・ですか?」
二人が出会ったのは見事に桜が咲いていた夜。
全てがそこから始まった。
鷲尾が絹一には桜がとても似合っていると密かに思っているのを、絹一自身は知らない。
あれから何度となく桜の季節を見送った二人がいた。
「・・いいですね、それ」
笑みのこぼれた絹一の唇が優しく塞がれた。