投稿(妄想)小説の部屋

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No.210 (2001/03/11 17:08) 投稿者:花稀藍生

清緋揺籃(1)

 銀光が空間をなぎ払った。閃光を追うようにして黒い血が噴きあがり、黒い肌を持つ魔族の男が肩口を割られて地に転がった。
 稲妻の走る薄暗い魔界の空の下、魔界のいたるところに口を開く魔風窟の手前の草地で、小競り合いが行われていた。
 十人以上の男たちに対するのは、紅玉を溶かし込んだような見事な紅髪を持つ一人の女。
 一見、多勢に無勢のようだが、戦いの主導権を握っているのは、襲われている女ほうだった。
 突っ込んできた男をかわし、その背に切りつける。返す刃で、その一群の頭領格と思える男めがけて女は跳躍した。
 小柄で華奢な体からは想像もつかないほどの強靭な肉体を持つこの女は、彼らの頭上を高く飛び越えて、頭領格の男の前に降り立った。
 男が最後に見たものは、空の稲妻を映し、真紅に見開かれた女の瞳であった。
 ものすさまじい速さと重さをそなえた白刃が、核を深々と貫き、勢いあまって男の体は胸に剣を残したまま、後ろに吹っ飛んだ。
 一瞬のことであった。男達は呆然として、倒れた男の傍らに立つ女に畏怖のまなざしを向けた。
「・・・まだやる?」
 胸に突き立った剣を死体の肩を踏みつけて引き抜きながら、女はきついまなざしをこちらに向けて問うた。青い血が噴きあがって、女の白い頬に散った。
 血振りをして剣を鞘に収め、傍に放りだしてあった荷物を肩に担ぐと、
女は歩き出した。動かない男たちを一瞥すると、男達は飛びのくようにして道をあけた。
 女は悠々と歩を進め、ぽっかりと開いた魔風窟の入り口へと姿を消した。
 追いかけようと言い出すものはいなかった。

「・・・完全に迷ったわね。これは・・・」
 暗い魔風窟の内部で、額にたれかかった真紅の髪をかきあげながら女はため息をついて立ち尽くした。
 胸元が大きく開いた黒い上衣からのぞく白い胸には、真紅の刺青が百花の王を思わせる絢爛さで咲いている。だが、きついが整った顔立ちや、強い知性の宿る真紅の瞳、華奢とも言える四肢には、女の持つやわらかさはなく、むしろ内に秘めたすさまじいエネルギーを硬い殻で幾重にも覆ったままの、鋭く尖った春先の蕾の印象を思わせる女だった。
 女の名は、李々、といった。

 縦穴、横穴の入り組んだ魔風窟は、出口のない迷路のようだ。
 通路の岩盤に這う、光る地苔類はぼんやりと足元を照らしてはくれたが、暗い行く先を照らしてはくれなかった。中途半端な明かりは、見えないところに何かを潜ませているようで、逆に不安を掻き立てられる。
 どこからともなく風がひっきりなしに吹いてくるので、窒息の心配はない。
 だが、風が通り抜けるときに起こる擦過音が、悲鳴やうめきに聞こえないこともなく、五感を研ぎ澄まそうとする李々の神経を逆撫でた。
(・・・まさに、魔風窟、ね)
 魔族がここをあまり住処としたがらない訳がわかったような気がした。
 神経が太い者でも、ここに一人でいれば、末は狂い死にだ。
「・・・まったく、魔界に抜けたと思った途端にあいつらに襲われたりさえしなければ、こんなところに逆戻りをしなくてすんだのに・・・」
 追いかけてくることを警戒して、道を一本はずしたのが運のつきだった。
 ある程度のそなえはあるが、岩盤と地苔類がほとんどを占める魔風窟で、このままさ迷い続ける事になれば、どういう結果を招くことになるかなど、わかりきったことであった。
「冗談じゃないわ」
 行く当てもなく、引き寄せられるようにここに来てしまったが、死にに来たわけではない。
「冗談じゃないわ」
 自分に言い聞かせるように繰り返すと、李々は歩き出した。
 まず、探すべきものは、水であった。

 半日歩き回った末、李々の並外れた感覚が水の気配を捉えた。
 気配をたどり、更に奥へと踏み込みながら、風の音が絶えたことに気づいた。
 神経を逆撫でする、あの擦過音が聞こえないだけでも、気分が落ち着く。
 奥に行くにつれて、通路の幅は狭く、細くなり、小柄な李々が腰を折って
進まねばならないほどになった。
 引き返すことを本気で考え始めて、通路を曲がった李々の前に、いきなり光があふれた。
 通路の途中に、くりぬいた様に開けた空洞は、柔らかな白い光に包まれていた。
 空洞を覆う岩盤は、発光する石の成分が多量に含まれているのか、空間そのものが、白く発光しているように見える。
 水源は、地面の中央にあった。大人二人が腕をまわしたくらいの小さな水場は、満々と水をたたえ、岩盤の光を映した水面は、きらきらと輝いている。
「きれい・・・」
 魔風窟にも、こんな場所があるのかと李々が感嘆の声をあげた時、突如として人の気配がこの空間に入ってきた。
「誰っ!?」
 鋭い声に、驚いたように立ち尽くしているのは、灰色の髪と、黒い肌の幼い魔族の子供だった。
 安心させようと、李々が笑いかけた途端、子供は目に見えて怯えた顔をして、傍の横穴に逃げ込んでしまった。
「あ、ちょっと!」
 横穴は狭く、奥が見えなかった。どこに繋がっているのかもわからないので、追いかけるのはあきらめた。
 大きな紫色の瞳がやけに印象的な子供だった。
 しかし、笑いかけた途端、逃げるとは。
「失礼しちゃうわ・・・」
 いささか憮然として、李々はぼやいた。


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