桜語り「再び、春」1
ふたりが出逢ってから、一年の月日が経とうとしていた。
「………」
二月の終わりの、まだ寒い丹後の山奥。
音のしない部屋にひとり、桂花は佇んでいた。
柢王がいなくなってもう、幾日経ったでしょうか…。
柢王がいないだけで、この家の温度は真冬の雪原のように感じられる。
照る陽より燃える炎より、桂花にとっては何より柢王の腕が暖かかった。
柢王は、去年の暮れから頻繁に家を空けるようになっていた。
最初は一日、次は五日、今はもうひと月も帰ってこない。
ちょっと行ってくる、そう言って、柢王はいつも山を下りて行った。
問いたげな桂花の瞳に気づいても、無理やり無視するように背を向けて行ってしまうのだ。
桂花がいなくなるとは思いもしないのか、待っていろと言われたことは一度もなかった。
「………」
陽の落ち始めた部屋の一点を見つめ、ただ考えるのは、隣にいない恋人のこと。
町で流行り病に罹ったのではないか、盗賊に襲われたのではないか、揉め事に巻き込まれたのではないか…。考えられることは全て考えた。
ただひとつ残ったのは……置いていかれたのでは……。
そんなことは、考えたくもなかった。
ぐるぐると回る思考を抱え、ひとり寝の夜に慣れることもできず、
このひと月は浅い眠りを繰り返すばかりだった。
寝返りを打てばすぐ横にあった温もりに、最後に触れたのは…。
「…柢王」
呼んでみても、返ってくるのはただただ静寂。
残る闇に寂しさが募るだけだとわかっていても、呼びかけずにはいられなかった。名前を呼んでいなければ、記憶さえも失くしてしまいそうだった。
終わりのわからない不在ほど、桂花を不安にさせるものはないのだ。
李々を失った時でさえ、こんなにも心乱れることはなかった。
あの時はただ虚無が残っただけで、哀しくはあったがひとりでも生けていけると思った。そんな静かな心情に、結局鬼は、一緒にいてもなんとなくひとりだったのかと、遠く思いを馳せたこともある。
しかし柢王に瞳には、桂花が初めて出逢う温もりがあった。それは全てを包み込もうとする、桂花には全くわからない感情だった。
初めはそれに戸惑い不審にさえ思ったのに、今はもう、柢王が桂花の全てだった。