投稿(妄想)小説の部屋

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No.205 (2001/03/06 13:55) 投稿者:皐月

桜語り「再び、春」1

 ふたりが出逢ってから、一年の月日が経とうとしていた。

「………」
 二月の終わりの、まだ寒い丹後の山奥。
 音のしない部屋にひとり、桂花は佇んでいた。
 柢王がいなくなってもう、幾日経ったでしょうか…。
 柢王がいないだけで、この家の温度は真冬の雪原のように感じられる。
 照る陽より燃える炎より、桂花にとっては何より柢王の腕が暖かかった。

 柢王は、去年の暮れから頻繁に家を空けるようになっていた。
 最初は一日、次は五日、今はもうひと月も帰ってこない。
 ちょっと行ってくる、そう言って、柢王はいつも山を下りて行った。
 問いたげな桂花の瞳に気づいても、無理やり無視するように背を向けて行ってしまうのだ。
 桂花がいなくなるとは思いもしないのか、待っていろと言われたことは一度もなかった。
「………」
 陽の落ち始めた部屋の一点を見つめ、ただ考えるのは、隣にいない恋人のこと。
 町で流行り病に罹ったのではないか、盗賊に襲われたのではないか、揉め事に巻き込まれたのではないか…。考えられることは全て考えた。
 ただひとつ残ったのは……置いていかれたのでは……。
 そんなことは、考えたくもなかった。
 ぐるぐると回る思考を抱え、ひとり寝の夜に慣れることもできず、
このひと月は浅い眠りを繰り返すばかりだった。
 寝返りを打てばすぐ横にあった温もりに、最後に触れたのは…。
 「…柢王」
 呼んでみても、返ってくるのはただただ静寂。
 残る闇に寂しさが募るだけだとわかっていても、呼びかけずにはいられなかった。名前を呼んでいなければ、記憶さえも失くしてしまいそうだった。
 終わりのわからない不在ほど、桂花を不安にさせるものはないのだ。
 李々を失った時でさえ、こんなにも心乱れることはなかった。
 あの時はただ虚無が残っただけで、哀しくはあったがひとりでも生けていけると思った。そんな静かな心情に、結局鬼は、一緒にいてもなんとなくひとりだったのかと、遠く思いを馳せたこともある。
 しかし柢王に瞳には、桂花が初めて出逢う温もりがあった。それは全てを包み込もうとする、桂花には全くわからない感情だった。
 初めはそれに戸惑い不審にさえ思ったのに、今はもう、柢王が桂花の全てだった。


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