投稿(妄想)小説の部屋

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No.90 (2000/08/17 02:05) 投稿者:たまっち

ビストロ・キスエフ(2)

〜ビストロ・キスエフ〜

「こんにちは」
「いらっしゃいませ。ご予約のお名前は」
「向井健です」
「ヨウコウです」
「お待ちしておりました」
 軽くチンピラの入ったアロハ姿の健と、全身黒ずくめで、鍛え上げられた筋肉の動きが分かるぴっちりとした皮で決めてきたヨウコウに、ちょっぴりビビリながらも、慎吾はスマートに椅子をひいて薦めた。
「さて。当ビストロではメニューは一切ございません。お客様の食べたいものを何でも作らさしていただきます。何がよろしいでしょうか」
「なんか冷たいもん。こう暑いと食欲なくってさ〜」
「俺は熱いものを頼む。夏こそ食べて、汗を流さなきゃならんのだ」
「冷たいものと熱いものですか…。かしこまりました」
 いいのかな〜と思いつつも、慎吾は大声を張り上げる。
「オーダー! 冷たいものと、熱いもの!!」
「うい〜、むっしゅ!」
「は〜い、それでは調理の方、とりかかって下さぁ〜い」

「さてさて、向井さんとヨウコウさん、お二人とは何度か音楽番組でご一緒しましたね。今回ご一緒に来店されましたけど、お二人ともお友達だったんですか?」
「まぁな、お友達ってなもんじゃねぇけど、高校が同じだったんだよ。俺は途中でやめたけど」
「そうなんですか…」
 ナニやら複雑そうな事情を、聞いてもいいのかしばしためらう。
「高校出てってからは、いろんな仕事したんだぜ。バナナの叩き売りから、化粧品のキャッチから。あと、包丁の実演販売もしてたから、キュウリ切んのは上手いんだよ」
「へ〜、是非とも披露してくださいよ」
 向井健、自分からどんどん聞きたいことを話してくれる、ありがたい客だった。
「デビューされる前は何をなさってたんですか?」
「前って直前? 本当の直前は、健吾(孫)が生まれてからは隣の玲子にカンパして(貢いで)もらってたから、なんもやってなかったけど、それまでは駅前でソープの客引だったっけ」
「は、はあ。苦労されたんですね」
「別に。天職ってくらいに向いてたし。売上もトップだったんだけど、店の女に手ぇだしたのがばれて首切られた。…ったく、あの女、店長ともやってやがったなんてよ(舌打ち)」
「け、健吾君といえば、今日もこちらにいらしてるんですよね」
「ああ。お〜い、健吾! じいちゃんだぞ!」
 大声で叫び、一般観覧客に混じって見学していた健太(健の子供)と健吾に向って手を振った。
 すると、健太が健吾を抱いて走ってきた。
「オヤジ、ワリイけど、こいつ預かっててくれ。今実家に帰ってるあいつから電話あって、すぐに迎えに行ったら家に帰ってきてもいいってよ」
「んだとぉ? あんな女ほっとけ。大体いくら自分の旦那だからって、10歳のガキ(健太)に実家の淡路島まで迎えに来させるか? 普通」
「あんなんでもこいつにとっちゃ母親なんだよ。じゃ、行ってくるから」
 健に子供を押し付け、健太は走って出ていってしまった。
「あ〜あ、ったく。こいつ、ここにいていいか?」
「…はい、勿論いいですよ。その子が向井さんの大ヒット曲、『孫』を生んだ、当のお孫さんの健吾君ですよね」
 小さな手がにぎにぎするのを見て、忍も自然と顔がほころぶ。
「カーイーだろ」
「…だ、抱かせてもらってもいいか…」
 今までウンともしゃべらなかったヨウコウが、生唾を飲んだようにフルフルと手を出してきた。
「てめー、なんだ、そのヨダレたらしそうな顔はよ!」
 危険を感じた健に、健吾を背中に隠されてしまい、はっと顔を引き締めたヨウコウは、それでも物欲しげにちらりとのぞいた小さな足の指を摘んでみる。
「しっ、しっ。健吾、あぶねぇおっさんに気ぃ付けるんだぞ」
 健吾を巡る攻防戦に歯止めをかけるべく、慎吾も頑張る。
「あ、あの! 向井さんが高校を出られた後も、お二人は親交がおありだったんですか?」
 慎吾の声に、取り敢えず健吾を抱くのを諦めたらしいヨウコウが振り向く。
「いや、高校以来、会ったのは二人共がデビューしてからだ」
「テレビ見てたら、いきなりこいつが歌ってるときゃぁびっくりしたぜ。小学校三年の時、音楽のテストの時間に『薔薇が咲いた』が歌えなくて、隣ん家のみっちゃんに慰められてたりしたんだぜ」
「昔の話だ」
「じゃあ、小学生の頃はあんまり歌はお得意じゃなかったんですね」
「今でもこいつ、派手に音外してるじゃん」
 誰も口には出さないものの、しっかり思っていることを大きな声でいわれて慎吾は焦る。
「歌は魂で歌うもんだ。音符じゃねぇ」
 ニヒルに決めて見せたものの、結構傷ついているヨウコウであった。
「ヨウコウさんはもう、高校の頃から歌手になると決めてこられたんですか?」
「まあな。俺も中退して、歌をやりながら東京に出稼ぎに来てたんだ。
「出稼ぎ? ご実家は農家とか漁師さんとかですか?」
「い〜や。寺だ。それまでも稼業は手伝っていたんだが、いい声で読経を読む、若いながらもいい坊主がいると評判になって、出張法事をするようになったんだ」
「なるほど。遠方にも檀家さんが増えていいですね」
「おかげでオヤジの車はベンツだ」
 何気にしょうもない自慢をいれてみるヨウコウ。
「その間向井さんは、さっきもおっしゃっていたように、本当に色々なお仕事をされてきたんですよね」
「まあな。一番面白かったのは、やっぱりホストだけど、高校生に金出させてたのがばれて店がつぶれた」
「…そうですか」
 話が盛りあがっている中、下で料理していた二葉が大声を上げる。
「お二人とも! 好きなものと嫌いなものってあります?」
 慎吾がそれを受けて尋ねる。
「どうですか?」
「好きなのはイカの塩辛とか、酒の肴だな」
「ば〜か。ハンバーグとチョコレートだろがよ」
 ヨウコウはほんのりと頬を染めて、こくんと頷く。
 世の熱き男たちのカリスマとして君臨し、そのプロフィールのほとんどが謎に包まれていたヨウコウだったが、次々とその実態が赤裸々にされていく。
「向井さんは?」
「俺ぁなんでも食うけど、こいつは魚がダメだったと思う」
「小骨がチクチクして苦手なんだ」
 ちょうどイワシをさばいていた桔梗が恨めしそうに見上げる。
「小骨がなかったらいいんですか?」
「いいや。小骨がなくても、どこかにありそうな気がして気になって食えん」
「ということで、お好きなのはハンバーグとチョコレート、お嫌いなのが魚だそうです!」
 そう叫んだところで、3人は調理場に降りて行く事になった。


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