Present
絹一は、悩んでいた。
今日は、鷲尾のバースデイだ。
しかし、プレゼントが決まらない。
贈り物など貰い慣れている彼に、今さら何を贈ろうかと考えてしまったのが運のつき。
酒類は普段から持ち寄ったりしているし、時計やアクセサリーも様々なものをもらっているだろう。ライターは、もう気に入りの一品を持っている。
結局、一週間悩みに悩んだが、結論は当日になっても出ていない。
今まで、親しい誰か、と言う存在に、プレゼントなど贈ったことは数えるほどしかない。何が喜ばれるかなどもわからない。
そのことが、余計に絹一を悩ませていた。
「はあ」
帰る用意をしつつ、溜息をつく。
それを目ざとく聞きつけた女子社員が、絹一に話し掛けてきた。
「どうしたんですか、穐谷さん? なんか今日は溜息ばかりですよ?」
そんなに何度もついただろうか。自覚のないことを指摘されて絹一は内心うろたえたが、そんなことはおくびにも出さず、苦笑して見せた。
「そうかな」
「あら、気づいてなかったんですか? 5分おき、とまでは言いませんけど、30分に一回くらいはついてましたよ?」
就業時間を考えれば、確かに随分な回数だ。
「ごめん、気になった?」
「いいえ、別にいいんですけど。何かあったんですか? よければ相談乗りますよ?」
親切半分、好奇心半分と言った感じで、彼女はこそっと身を乗り出してきた。
「いや、たいしたことじゃないんだ」
「そうですか・・・? あんまり、無理しないでくださいね?」
「ありがとう」
心配そうに声をかける女子社員ににっこりと笑いかけて、絹一はオフィスを後にした。
PM6:00.
鷲尾は自宅の鏡の前で、レモンイエローのサマースーツに身を包み、髪を整えているところだ。
絹一との待ち合わせは一時間後。そろそろ出なければならない。
身だしなみの最終チェックをして、財布と煙草とライターをスーツにおさめると、コルベットのキィを指に引っかけて部屋をでる。
駐車場まで下りるエレベーターの中で、自分が鼻歌を歌っていることに気づき、鷲尾は苦笑した。
随分と、浮かれているらしい。
まるで、初めてのデートに赴くガキのようだと自分を笑って、エレベーターが地下につく合図と共に、唇を引き結んだ。
待ち合わせ場所は、ホテルのラウンジ。
そのホテルは46階にある中華料理が有名で、食欲のない絹一も十分食べることができた。
食事が終わると、二人はそのまま1階上にあるバーへと移動した。
「では、あらためて。誕生日、おめでとうございます」
「サンキュ」
カチン、とグラスが合わさる音と共に、二人は微笑を交わす。
「これ・・・」
半分ほどグラスが空いたところで、絹一が小さな包みを取り出す。
ブルーのラッピングに深紅のリボンが目に鮮やかな、縦長の包み。
相手が女性ならば、ネックレスかなにかと勘違いしそうな大きさだ。
「開けていいか?」
「どうぞ」
鷲尾が丁寧にラッピングを剥ぐと、現れたのは、携帯用の灰皿。
それも、鷲尾が愛用しているライターと同じブランドのものだ。
「よく、吸う前に灰皿を目で探してるでしょう?」
「ああ、よくわかったな。時々探してはいたんだが、気にいるデザインのものがなくて・・・」
細長いそれは、メタリックシルバーの鈍い輝きを放っており、デザイン的にも鷲尾の好みのものだった。
「秋の新作だそうですよ。昨日、出たばかりなんだって、店の人が言ってました」
どうりで自分が見に行ったときはなかったはずだ。
「気に入って、くれましたか?」
ちょっと不安そうに、絹一がこちらをうかがっている。
「ああ、ちょうどこういったのが欲しかったんだ。ありがとな」
そういってやると、絹一は目に見えて安堵した。
「よかった・・・何贈っていいか、すごく迷ったから・・・」
はにかむように微笑む絹一がとても愛しく思えて、鷲尾はこっそり耳元に囁いた。
「当然、おまえもくれるんだろ?」
その言葉に、絹一がうっすらと赤くなる。
こういうところが、いつまでも絹一はかわいいのだ。
「もう一杯くらい、飲ませてください」
照れを隠すように、ふいと横を向いて、バーテンにオーダーする。
そんなところをかわいく思いながら、
「酔って途中で寝ちまうってのは、ナシだぜ?」
とからかう。
バーテンがリキュールを取りに行ったのを確かめて、絹一は誘うような微笑を鷲尾に向けた。
「どうせ、寝かせてくれないんでしょう?」
そういって、鷲尾のスーツのポケットにするりと滑り込ませたのは、カードキィ。
夜はまだ、始まったばかり。