投稿(妄想)小説の部屋

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No.107 (2000/08/30 04:41) 投稿者:櫻樹

After the "Present"

 最上階に程近いセミ・スウィート。
 ひんやりとクーラーのきいた部屋には、いまだ情熱の名残が漂っている。
 絹一が完全に意識を手放した後、鷲尾はその肩にシーツをかけてやると、バスルームへ向かった。
 湯の温度を低めに設定したシャワーを浴びて汗を流すと、腰にタオルを巻いた姿で再びベッドへ戻る。
 ギシッ……
 スプリングのきしむ音と共に鷲尾がベッドに腰をかけても、気を失った絹一が目を開けることはなかった。
 頬に流れ落ちる黒髪を指で梳くと、鷲尾はいとおしそうに額に唇を寄せた。
「ん……」
 かすかに絹一がうめく。しかし目を覚ますことはなかった。
「ちっ……やりすぎちまったな」
 軽く舌打ちすると、鷲尾はベッドを離れ、煙草と灰皿を手に、窓辺へと移動した。
 このまま絹一のどこか安心した寝顔を見つめつづければ、また彼をめちゃくちゃにしてしまいたい衝動を抑えきれなくなるだろう。
 地上の灯りを見下ろしながら、深く吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出す。
 煙草の先から上る紫煙を見つめていると、少しずつ、シャワーでも収まらなかった身体の中の熱が落ち着いていく。
 こんなにも自分を抑えるのに苦労したのは、随分と久しぶりだ。
 高校のころには既に幾人もの女性を相手にしていた鷲尾にとって、自分の熱をコントロールするのは当たり前のことだった。
 それが今になって、こんなに押さえがきかない自分を知ることになろうとは。
「ざまぁねぇな」
 苦笑して、2本目の煙草に火をつける。
 こんな自分は、絶対に客には見せられない。
 短くなったマルボロを灰皿に押し付けながらふとベッドのほうを見やると、キャビネットの上で、鈍い光が反射しているのが目に入った。
 最小限に落とされたベッドヘッドのライトの明かりを受けて輝きを放つのは、メタリックシルバーの携帯灰皿。
 絹一が、鷲尾のためにおそらく悩んで悩んで選んだであろう、バースデイプレゼント。
 細長い楕円形のそれは、蓋がスライド式になっていて、使いやすい構造になっていた。
 仕事中は、どうしても喫煙場所が限られてしまい、いちいち灰皿を探して歩き回るのが億劫だったのだ。
 だが、気にいる物を贈られたことよりも、絹一が自分のしぐさを見ていたことが、自分が何を欲しいと思っていたかをちゃんと見極めてくれていたことが、より嬉しくかんじられる。
 いろんなことに気を使う彼のことだから、何度も悩んだのだろう。
 おそらく、今日まで決まらなかったに違いない。
 絹一があの携帯灰皿を見つけた時に浮かべた表情を思い、鷲尾は笑いながら三本目のマルボロに火をつけた。
 大きく吸い込んで吐き出すと、ベッドで白いシーツが動く。
「ん……カイ」
 どうやら、絹一が離れてしまったぬくもりに気づき、手を動かしているらしい。
 鷲尾は火をつけたばかりの煙草をもみ消し、絹一の隣へと滑り込んだ。
 しなやかな身体を腕の中に抱きこむと、絹一はそのぬくもりに安心したように再び眠りについた。
 絹一の寝息を胸で聞きながら、鷲尾はゆっくりと息をついた。
 たとえ意識がなくとも、自分の名を呼び、ぬくもりを求める絹一を抱きしめることで、こんなにも満たされている自分がいる。
 ただそれだけのことなのに、彼を離したくないと考えてしまう。
 絹一の黒髪に頬をうずめる鷲尾の目に、もう一つの輝きが映る。
 光を反射するのは、絹一の首筋に下げられたシルバーのネックレス。
 去年のクリスマス・イヴ、絹一のバースデイに鷲尾が贈った物だ。
 あれから半年以上。絹一の首からこの鎖がはずされたことはない。
 そっとそのラインを指でなぞると、絹一が身じろいだ。その反応が愛しくて、鷲尾は思わず、同じライン上を唇でたどった。すると、それに呼応するかのように、ふわりと絹一が目を開いた。
「……俺、どれくらい寝てましたか?」
 まばたきをしながら、見上げてくる絹一は、鷲尾の身体にくすぶった熱を、思いっきり煽る効果をもっていた。
「一時間もたってねーくらいかな。もうワンラウンド行くか?」
 意地悪そうにきいてやると、「いいですよ」と挑むような答えが返ってくる。
「今日の俺は、貴方にさし上げたものですから」
 だからどれだけでもお付き合いします。
 そういって、いたずらっぽく笑う唇は、どこまでも鷲尾を誘惑する。
 鷲尾は、絹一の熱を緩やかに煽りながら、以前から考えていたことを口にした。
「なあ、長期休暇、取れないか?」
「ん……休暇、です……か?」
 少しずつ早くなる息の合間に、絹一が首をかしげる。
「ギルがもう少し仕事が落ち着いたら夏休みを取るって言ってたから……それにあわせれば、たぶん」
「旅行、行かないか?」
 できれば、海外。
 唐突な鷲尾のセリフに、絹一はまじまじと鷲尾を見つめてしまった。
「旅行、ですか?」
「ああ。たまにはゆっくりしようぜ。二人で」
 ぱちぱちと目をしばたたかせてはいたが、それでも絹一は、微笑んでうなずいた。
「いいですよ。どこにしますか? 時期的にドイツとかお薦めですよ。日本より少しだけ涼しいんです。オーストリアやチェコまで足を伸ばせば、いろんなものが見れますよ」
「それもいいな。一度、古城とか見に行きたかったんだ」
「ノイシュバンシュタイン城はすごくきれいですよ。ビールもおいしいし」
「じゃあそれで決まりだな」
 とりあえず話に決着をつけて、鷲尾の手が再び動き出す。
「ん……やっぱりやるんですか?」
「当然。覚悟しとけよ」
「俺、明日も仕事なんです……」
「今日一日は、俺もんなんだろ?」
「もう……少しは手加減してくださいね」
 愛撫に没頭していく鷲尾の髪に、絹一の指が滑り込む。
 恋なんてかわいらしいものではないけれど。
 愛と断言できるほど、崇高なものでもないけれど。
 お互いが、相手のぬくもりを離しがたく思っている。
 そのことが、何よりも大切。
 幸せと呼ばれるものをかみ締めながら、二人は再び熱気の渦の中へと飲み込まれていった。


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