華も嵐も〜壱〜
「ちわ〜、毎度」
勝手口から声がする。健さんだ! 俺は廊下を走って勝手口へ急いだ。
「健さん!」
「よぉ、シン。夏バテしてねーか?」
健さんは伝票を俺に渡しながら微笑んで言った。
「うん、ほとんど外に出てないから。健さんこそ暑いの苦手なのにへーき?」
「まぁな」
向井健さん。この『芹沢流華道教室』に週3回花を入れてくれてる花屋の御主人だ。
積んできた花を降ろしてるのは江端さんだけど。
俺は芹沢慎吾。この芹沢流の現家元、芹沢貴奨の弟で次期家元になるって巷では言われてるけど、あんまり興味がない。今、俺の頭の中を占めてるのは健さんのことだけだ。
「ねぇ、健さん」
いつ、会えるのって聞こうとした時に、背中からぞくりとする涼やかな声がした。
「暑い中、すまないな」
貴奨だ。こいつは健さんが来ると必ず見張りにやってくる。俺が健さんのこと好きだってバレてからその監視の目は半端じゃなくて。ひとりで散歩にも行かせてもらえないし、電話もなかなかかけられない。子供じゃないのに、もう。
「いえ、仕事っすから」
貴奨の決して暖かくない視線を健さんは真正面から受け止めて、笑って言った。一触即発って言葉がすんなりはまりそうなその状況を回避してくれたのは江端さんだった。
「健、終わったぞ」
「おう。じゃ、帰るか」
サインした伝票を受け取って、健さんはじゃあなって手を上げて帰ってしまった。また、ろくに話もできなかった。貴奨ってなんでこんなにタイミングよく出てくるんだろう? 俺と健さんが合図もなにもしなかったのを確認したからか、貴奨は後のことは頼んだぞと言うと家の中に入って行った。
俺は貴奨が部屋の中に入るのをしっかり確認すると、降ろされたばかりの花に近づいた。花を傷つけないように中をがさがさと探す。今日もないのかな。探しまくって4つあるポリバケツの3つめで俺は目的のものを見つけた。
「あった…」
俺の手に握られていたのは茎に青い小さなリボンの巻かれたひまわりだった。監視が厳しくなって会えなくなった時に健さんが考えてくれた合図。
花に青いリボンを巻いて忍ばせておくからって。それを見つけたら、真夜中に抜け出てこいって。
もう会えないって思って涙が止まらなかった俺の肩を抱いてそういってくれたんだ。
やっと今夜会える。その日の午後から俺はずっと今夜の事ばかり考えていた。