投稿(妄想)小説の部屋

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No.79 (2000/07/30 13:22) 投稿者:桐加由貴

風の条件〜流れのきざし〜

「・・・なんでいつも窓から入ってくるんです、あなたは」
「まあいいじゃねえか、固いこと言うなって」
 柢王はバルコニーから入って来ると、腕に抱えていた包みを手近なテーブルにどさりと置いた。
「ただいま、桂花、ティア」
「お帰りなさい」
 いつからここが柢王の家になったのだろう?
「お帰り、柢王。その包みはなんだ?」
「これか? 桂花に土産だ。開けてみろよ」
 柢王が相棒を手招きする。
「なんです?」
 三人分のお茶を入れてから、柢王のマントにくるまれているそれを、桂花は注意深くほどいた。
 中身は、結界を箱のように利用して持って来たらしい、山ほどの花だった。
 桃、梅、桜、藤、かきつばた、あじさい、菜の花、桔梗、都忘れ、薔薇(しょうび)、なでしこ、山吹、すみれ、椿、牡丹、沈丁花・・・それと、幾つかの果物。柿や栗、瓜、蜜柑などである。
 いかにも、目に付いたものを適当に持ってきた、という感じの土産だった。
「柢王・・・人界のものを天界に持ち込むのは禁止されているんだぞ」
「ちょっとぐらいいいだろ、どうせ結界解いたら、すぐに風化しちまうんだからさ」
 柢王は気にしたふうもなく笑う。
「つまり、前にもやったことがあるんだな?」
「俺じゃねえ、アシュレイだぜ。おまえに土産持ってこうとしてさ、蒼穹の門越えて結界解いた途端、風に崩れて消えちまったことがあったんだ」
 初めて聞く話に守天が感動している隙に、柢王は桂花の肩越しに自分の土産を覗き込んだ。
「そういうわけだからさ、結界解いたら終わりなんだ。ごめんな。でも、おまえに見せてやりたくてさ」
 言いながら桂花の腰に手を回す。
「また痩せたな、おまえ。ティアにこきつかわれてんのか?」
「守天殿はとても吾に良くして下さってますよ」
 桂花が痩せた原因は、天主塔での気の休まらない生活そのものだろう。守天が気遣ってくれるから、この程度で済んでいるのだ。
「・・・桜は、下手に切ったら駄目になってしまうんですよ・・・」
「気にいんなかったか?」
 柢王に後ろから抱きしめられたまま、桂花の紫微色の手は、目には見えない結界の表面を撫でた。
 いかにも、目に付いたものを適当に持ってきた、という感じの土産。
 それでも、これだけ集めるのには、一年かかるのだ。人界の一年は天界での四日に満たないとはいえ、人界にいれば、やはり一年は一年だ。そのあいだずっと、気をつけて、目に付いた花を摘んで、痛まないよう、枯れないよう・・・。
「嬉しくないか?」
 柢王が心配そうに覗き込む。
「いえ・・・嬉しいです。ありがとうございます、柢王・・・」
 愛されていると、思っていいのだろうか。
 桂花が喜ぶことを考えて、離れていてもずっと考えていてくれて・・・。
 だったら、言ってもいいだろうか。
「柢王。李々の・・・手がかりは見つかりましたか?」 
「いや」
 そう答えてから、柢王は幼馴染を気にして、桂花を伴って部屋に戻った。
「ごめんな。駄目だった」
 柢王は桂花を抱きしめて、頬を撫でた。
「でも必ず見つけるからさ。もう少し時間をくれ」
「もういいですよ、柢王。きっともう、李々には逢えないから。それより、あなたの好きなことをして下さい」
「彼女に逢いたくないのか?」
「もう逢えません」
 僅かにうつむいて断言する桂花の心情を考えると、柢王は少し辛かった。
 桂花が李々に逢おうと思ったら、彼女に天界に来てもらうしかない。
「もう、吾のことはいいですから、あなたのやりたいことをして下さい。たくさんあるでしょう? やりたいこと」
「あのな、俺はおまえが喜ぶことをしてやりたいんだぜ?」
「・・・これ以上、あなたの足枷にはなりたくないんです」
 桂花は柢王の力にはなれない。ならば、彼を束縛したくない。
「桂花?」
 いつだってそばにいてほしい。
 愛されてると信じたいし、必要とされていると信じたい。
 ・・・そう信じられるほど、自分に柢王を助ける力があれば良かった。実際は、お荷物だけど。
 それでも柢王は、桂花を愛してくれている。ならば、せめて彼の負担を軽くしてやりたい。
 柢王が人界に行くのが桂花のためならば、行かないで、と言ってもいいだろう。柢王の行動は柢王が決めることだと言っても、それくらいの口出しは、してもいいだろうか?
 愛されているのなら。

                             続


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