風の条件〜右腕〜
ふと桂花は我に返った。起きてから、寝具を整えながら物思いにふけってしまっていたから、もう朝食の時間になってしまっている。
守天が待っているだろう。
慌てて桂花は着替え、部屋を出た。もちろん、鍵は掛けて行った。
「おはようございます、守天殿」
「おはよう、桂花」
相変わらずの気品のある美貌が、優しく微笑んで桂花を迎えた。
二人だけの朝食にしては広すぎるテーブルに、糊のきいた白いクロス。向かい合うように置かれた食器。
「お待たせしてすみません・・・」
「私も今来たところだ。疲れているんじゃないか?」
いつも桂花には助けてもらっているから、と守天は少し困ったように笑った。給仕の者は表情も動かさないが、守天にすれば、彼らに聞かせる意図もあるのかもしれない。
「おまえに無理をさせると、柢王に怒られてしまうな」
「とんでもない。守天殿こそ、お疲れなのではありませんか? ゆうべも、吾は先にやすませていただきましたが、あのあともお仕事をなさっていたのでしょう?」
守護主天の激務。それも、桂花がいる時はずいぶん楽に、効率よく進む。だから守天が遅くまで仕事に励むのは、桂花が帰ったあとの仕事の進み具合の遅さを考えて、今のうちに余裕を作っておきたいからだった。
「どうかご無理はならさらないでくださいね、守天殿」
今の桂花は、守天に対して、柢王の親友ということを抜かした好意も抱いている。だから、彼を気遣うのは本心だ。
それでも、桂花の中にはいつも柢王に言われる言葉が響いている。
・・・ティアを頼む。
そう言われるのは嬉しい。
柢王が何より大事に思っている親友。それを託されたのだから、彼の信頼に応えるだけのことをしたい。桂花はいつもそう思っている。
柢王の力になりたい。彼に必要とされる存在になりたい。
ただ、きっと柢王は、守天には桂花を頼むと言って人界に行っているのだろう、と予想がつくだけに、今ひとつ自信が持てないだけだ。
あの人も大変だな、と桂花は皮肉げに考える。桂花にはティアを頼む、と言って、守天には桂花を頼む、と言って出て行くのだから。
いつも、桂花は柢王の背中に庇われる存在で、柢王の隣に立てる存在ではない。
彼に愛されて、必要とされて、力になれる。自分がそういう存在だと確信できれば、きっとこんなに不安になることもなくなるだろうに。
桂花は魔族で、柢王は天界人だ。だから、柢王が桂花でなくてもいいのなら、桂花じゃないほうがいいのだ。
そばにいてもいいのだ、と信じたい。
「・・・ああ、桂花」
「なんですか? 守天殿」
こうやって二人で食事をとるようにするのは、守天が言い出したこと。きっと柢王に、桂花がちゃんとメシ食ってっか見張っててくれ、とでも言われているのだろう。
「今日あたり、柢王が帰って来るんじゃないかな。おまえたちの休暇も、あと二日で終わりだろう?」
「・・・ええ、そうですね」
そうして二人で食後のお茶まで済ませ、執務室に入って、休憩を取ろうとしたころ、噂の人物は窓から入って来た。両手に余るほどの包みを抱えて。
続