投稿(妄想)小説の部屋

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No.73 (2000/07/28 13:54) 投稿者:おとこ教室組合(まりう・まい・ZAKKO)

おとこ教室 〜ランニング編・前〜

「今日は基礎体力をつけるためのランニングだ」
 開講して数週間、受講生達もそろそろこの厳しいトレーニングに慣れてきた頃のことである。
 柔軟体操を終えた受講生達を前に、江端はいつものように淡々とした口調でそう言った。
「え、ランニング? もしかして道場の中を走るんですか?」
 行儀よく「はい」と手を上げた後にそう質問した慎吾に視線を合わせ、江端は首を振る。
「いや。今回は外を走る」
「外、ですか? ……あまりトレーニングしているのは人に見られたくないな…」
 そう言って俯いたのは、受講生達の中でも特に奥手の忍だ。
「ああ。あまり目立たないほうがいいな……という事で、皆これに着替えてくれ」
 さすがの江端も、このメンツで街中を走ればどのようなことになるか、大体の想像はついていた。
 そして、『おとこ教室』が、御近所でどんな噂をされているのかも。
 この界隈では極力目立たないようにするのが得策と考えていた江端は、前々から用意しておいたものをアシスタントのうさぎに運ばせた。
「うさぎさん、例のものを」
「はい、かしこまりました」
 まるで笑○の円○さんと山○くんのような会話だ…カツラが運ばれてきたらどうしよう、とドキドキしていた二葉だが、うさぎに手渡されたものは、紺色のジャージであった。
 ご丁寧に、名前が刺繍で入っている。
「ジャージ……ですか?」
 絹一は頬をひくつかせながら、自分の名前入りの紺ジャージを震える手で広げる。
 どうやらサイズもぴったりのようだ。
「ああ。これを着て、高校の部活動のフリをして走る。それなら目立たないだろう」
「おおおっっ……」
 江端のアイディアに、なるほどと感心する受講生達。
 だが、感心する受講生達とは反対に、むっつりと眉を顰めた者がいた。
「じょおっだんじゃねぇよっっ! こんなだっせえジャージ誰が着るかっっ!」
「ふ、二葉っっ! ダメだよそんな事言っちゃ!」
 おしゃれさん二葉にとって、この紺ジャージの着用は、屈辱といってもいいものだった。
 ハイスクールでは、お気に入りの某有名スポーツブランドの黒のジャージを着こなしている彼である。
 勿論、こんなダサジャージなど、触るのも初めてなら、着るのも初めてになる。
「あいつの言ってる事ムチャクチャだっ! お前も早く気付けよっっ!」
「江端講師の言う事に間違いはないよ。それに俺、二葉と一緒にトレーニングがんばりたいんだよっ!」
「くっ………わかったよ……」
 泣きそうな顔ですがりつく忍に、二葉が懐柔されるまで、そう時間は必要なかった。
 ダサジャージでも、忍とペアルックだと思えば…いくらか救いはあるかもしれない…。
 二葉は自分にそう言い聞かせ、紺ジャージを固く握り締めた。
「話はついたようだな……いいか、受講生は全員高校生だ。そして俺はこのブルーのジャージを着て、コーチのフリをして走る。ちょっと高校生に見えない奴もいるが……まぁ、子供っぽい雰囲気はあるからなんとかごまかせるだろう」
 江端はそう言って、かなりサバを読むことになるだろう絹一の方をチラリと見た。
「はい。皆さんに紛れて目立たないように努力します……」

 着替えは普段から、道場に備え付けてある更衣室にて行なわれている。
 のぞき(笑)を警戒し、この部屋の警備は入り口よりも厳しいものとなっている。
 実は毎日、江端によって覗き窓や隠しカメラの有無がテェックされていた。
「なぁ、人界では、コーチも一緒に走るモンなのか?」
「いや、この世界でもそういうのは珍しいと思うけど、江端さんは受講生と共に自分の事も鍛えてるみたいだからね」
 内緒話をするアシュレイと慎吾とは少し離れた場所では、忍が二葉の意味深な視線から着替え中の体を隠そうと格闘中であった。
「ちょ…っと。二葉、くっつきすぎだよ」
「だってここ、狭いんだもん」
「だもんってゆーな。そっち、もっと詰めてってば」
「うっとーしーなー、二葉は! 早く着替えないと、江端さんに怒られるってば!」
 痴話喧嘩にエスカレートする前に、忍の横にいた桔梗が脱いだ服を畳みながら二葉を窘める。
「だから二葉、カッコ悪いって言われちゃうんだよ」
 窘めるついでに、余計なことまで言ってしまうのも忘れない。
「カッコ悪いって、なんだよ、ソレ!」
「だってだって、おねーさん達、みんなゆってたもーん」
 おねーさん達って、誰…? 二葉と忍がそれを聞く前に、桔梗はたった今遅れて更衣室に入ってきた絹一に飛びついていた。
 最年長である絹一は、「やさしくて格好良いお兄さん」的雰囲気に加え、空手の経験もあり、受講生達に兄のように慕われる存在になっている。
 ほとんどが十代の若者だ…と、初めは気後れしていた絹一だが、今ではお兄さんぶりも板に付いている。
「こらこら、重いよ、桔梗くん」
「ねえ、桂花は大丈夫なの?」
 控室に入るなり、腹痛で倒れた桂花を心配して、桔梗が絹一を見上げる。
 桂花を救護室に運んできた絹一は、大丈夫、とやさしく微笑んだ。
 未だに受講生達とはあまりなじめていない桂花だが、受講生達は皆、博識な彼をひそかに慕っているのを絹一は知っている。
 そばでアシュレイが聞き耳を立てているのを知ってか知らずか、絹一はもう一度
「少し休めば大丈夫だって、高槻さんもおっしゃってたよ」
 と、桔梗の頭を撫でた。

 全員着替えが終わり、また江端講師の前へと整列すると、受講生達と同じデザインのブルーのジャージに身を包んだ江端が、首にしっかり体育教師御用達の笛をぶら下げ、手にはメガホンを持って待機していた。
「よし。着替え終わったな。では、これから裏口から外へ出る」
「え?なんで裏口?」
 初めて着るジャージの襟を直しながら、不思議そうにアシュレイが聞く。
「正面入り口付近には、お前達の恋人が集まっているからな。彼らにトレーニングの様子を見られたくないだろう?」
 首を傾げていたアシュレイが、なるほど、と半ばうんざりしたように頷いた。
「ええ、あまり見られたくはないですね……」
 特に自分は、こんな歳不相応な格好を見られたくはない…と強く願う絹一が、アシュレイに続いて賛成する。
「彼らの中には、人の気配を敏感に感じ取る者もいるようだから、気配を消して脱出するぞ。これもトレーニングの一環だと思え」
「おい。気配消すのが何の役に立つんだ?」
またしても江端に食いつく声…もちろん、それは二葉のものに他ならない。
「そうだな……警察に見張られてる家に忍び込む時に役立つな」
「そんな特殊な状況に、誰が陥るってんだよっ!」
「二葉っ。お願いだから江端講師の指示に従ってっ!」
 出た、忍の『必殺・泣き落とし』…アシュレイの小声でのツッコミに、苦笑しながら慎吾が頷く。
 この、『一見亭主関白・でも実はカカア殿下』なカップルのやりとりは、今や受講生達の格好の見物のひとつであった。
「お前ら皆おかしいぞっ! 頼むっ! 早く気付いてくれえっっっ!!」

 そして今日も、二葉の悲痛な叫びが道場に響き渡ったのだった。

 二葉の叫びに誰も耳を傾けることなく、自分の前に受講生達が整列すると、江端は
「では、ついてこい」
 とおもむろに踵を返し、道場にある掛け軸の前に向かった。
「江端さん、裏口はあっちじゃなかったですか?」
 東側にある裏口を指差して躊躇う慎吾に、桔梗がおどけた調子で人差し指をぴんと伸ばした。
「あ、ひょっとして、掛け軸押すと、壁がひっくり返ったりして?」
「ばーか。忍者屋敷じゃねーんだぞ」
 従兄弟漫才を始めた桔梗と二葉には目もくれず、江端はその掛け軸の端をそっと指先で押す。
 すると、掛け軸の部分の壁がくるりと半回転し、現われた隙間から外の光が差し込んだ。
「げーっ! なだ、ソレ!」
 なんでやねん、と桔梗に裏手でツッコミを入れていた二葉は、のけぞりながらも掛け軸を凝視した。
「お前らの恋人には、裏口がどこにあるのかなんて、とうにばれているだろうからな。まったく、勘の良い奴ばかりそろっているから、こちらもやりにくくてかなわん」
「流石、江端さん…。抜かりがない」
「うんっ! 裏の裏を読んでるんだね!」
 胸に手をあて、心から感心している様子の慎吾に、忍も目を輝かせて、かなり感激しているご様子。
「お前ら、なにかがおかしいとは…」
 二葉が呆れたような声を出したが、途中で思いとどまり、
「…いや、もう、いい…」
 と自ら口をつぐんだ。それなりに学習できているようである。
「ここから先は、気配を消すことだけに集中しろ。いいな」
 そう忠告すると、江端は狭い抜け穴を器用に潜り抜け、受講生達もそれに続いた。
 忍が無事脱出したのを確認し、最後の一人、二葉もそれに続こうとした、が…。
「ぐげっ」
 カエルのつぶれた時のような声に、「どうしたの?」と小声で忍が振り返ると、そこには、肩の部分で抜け穴につっかえ、にっちもさっちもいかなくなっている、二葉の哀れな姿があった。
「不器用…」
 江端の呟きに反論しようと開きかけた口は、とっくに桔梗に塞がれている。
 その全身が笑いを堪える為に小刻みに震えていて、口を塞いでいる右手から二葉にまで伝わってくる。
「もう…。半分ずつ抜ければいいんだよ。一旦中に戻って。そう…じゃ、右肩から…違う違う、そのまま右を全部出しちゃうんだよ…」
 忍に助けられ、なんとか二葉が外に出た頃にはもう、江端は道場の敷地から完全に出てしまっていた。
「二葉、急ごう」
「……ああ」
 急にしおらしくなった二葉を、忍がずるずると引き摺り、とっくに脱出済みの受講生達の元に到着すると、江端が目だけで「行くぞ」と促した。

 その頃、道場正面玄関前、出待ちの攻めの皆様はといえば…
「おい、妙だな。静かすぎやしねえか?」
 壁にぴったりと張り付き、耳にコップをあてて聞き耳を立てていた鷲尾が、隣で同じような格好をしている卓也を横目で見た。
「そうだな。いつもの甲高い叫び声が聞こえない」
「俺、ちょっと裏口まわってみるわ」
 そう言うなり、見事なスピードで駆け出していった柢王を、ティアが
「待って、私も…」
 と、とてとて追いかけていく。
 野生の勘になにかが引っ掛かったらしい鷲尾と卓也が、その場をうろうろと歩き回っては足を止め、また道場の中を覗き込もうと背伸びをする様子を見て、一樹は思わず吹き出してしまった。
「…おい、笑い事じゃないんだぞ」
「だ、だって、卓也…ぷっ…くくく…。あ、ごめん。いやね、心配顔で挙動不審なでっかい男が二人って、おもしろいシチュエーションだよね」
「あんたはいいな、お気楽で」
 鷲尾の鋭い視線も、一樹には全く通用していないようで、一樹は柔らかい薄茶の髪を掻き上げながら、にっこりと微笑んだ。
「なに言ってるんですか。俺は心から、忍や桔梗や慎吾くんや絹一さんやアシュレイや桂花のことを心配に思っていますよ」
「…節操ないな」
「なにか言った?」
 卓也と鷲尾がそろって「なんでもない」と返した時、裏口から慌てた様子で柢王が戻ってきた。
 それに少し遅れて、ティアも息を切らしながらよぼよぼとやてくる。
「おい、やっぱおかしいぞ! 中から人の気配がしない!」
「なにぃいいいいいいいいい!?」
 額に青筋の浮かべて絶叫する卓也と鷲尾を見ながら、一樹は「これはおもしろくなりそうだ」と、妖しげな笑みを浮かべたのだった。


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