風の条件〜シルクのシーツ〜
桂花の天主塔での朝は、乱れた寝具を整えることから始まる。
といっても、柢王がいるわけではない。
天主塔の客間の寝具は最上級の絹であり、その手触りは余りにも滑らかだ。そのため、眠っているうちに敷布は乱れ、掛け布団はずり落ちてしまうのである。
桂花はふとため息をつく。柢王がいない間はこの天主塔に預けられるのがいつものこと、一人で天界人に囲まれる生活にもかなり慣れたつもりとはいえ、自分一人で眠った寝具がこうも乱れているのを見ると、不意にわめきだしたくなるような衝動に襲われることがある。
柢王は、絹の敷布を乱したりはしないのだ。
もちろん、何もしないで眠ったときは、という条件つきだが、桂花が感心を通り越して落ち込んでしまうくらい、彼は絹の寝具に慣れている。
李々が話してくれたおとぎ話・・・さらわれた姫君が見つかった時、本物の姫かどうかを確かめるため、侍従は一粒の小さな豆の上に絹の敷布を十枚重ね、その上に彼女を寝かせる。翌朝彼女は言う、背中にあたるものがあってよく眠れませんでした・・・。
そして侍従は確信するのだ。絹のシーツを乱さずに眠り、なおかつ十枚のシーツの下の一粒の豆に気づくこの少女こそ、まことの姫であると。
それはつまり、いかに上質の生活に慣れているかということ。
すべりがよすぎる絹のシーツも、慣れれば乱さずに眠れる。
一粒の豆の感触にすら気づくほど、細心の注意を払って調えられた環境で暮らしている。
それが、つまりは柢王と桂花の差だった。
柢王は、ああ見えても王子様なのだ。
自分とは生まれも育ちも違うひと。・・・そう思うと、桂花は自信がなくなってくるのだ。
自分といて彼が得られるもの、彼が失うもの。どちらが大きいだろうか。
・・・本当に、柢王のそばにいていいのか、と。
今、柢王は人界に行っている。一人だから余計、桂花はそう思ってしまうのだ。
どこにも行かないで。そう、いつだって言いたい。でも。
・・・桂花はまたため息をついて、枕の下から短剣を取り出した。
これもまた、桂花を憂鬱にさせるものだった。
続