投稿(妄想)小説の部屋

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No.62 (2000/06/30 01:17) 投稿者:おとこ教室組合(ZAKKO)

おとこ教室・7 〜おとこ格付けチェック・終盤戦(後)〜

 道場に集められた受講生達は横並びに正座し、江端と相対していた。
 江端は、相変わらず無表情のまま少年らを眺めやると、口を開く。
「これが最後の問題だ……二葉。お前は、これをクリア出来なければ除籍だぞ。気を引き締めていけ」
 現在ただ一人だけ最下位ランク落ちの二葉に、江端が珍しく励ま(?)の言葉をかける。
 かけられた当人の方は『視線で人が殺せるものなら、殺してやりてぇ』とでも言いたげに、ガンをつけまくっていたのだが…気の弱い者なら胃痛でもおこしそうなその睨みも、江端にはサラリと受け流されてしまう。
「檻の中に、腹をすかせたライオンがいる」
 おもむろに始められた話に、皆は緊張した面持ちで江端の顔を見つめた。
「中には、他に二人の人間が閉じこめられている。一人は喰われねばならんが、一人は助ける事が出来る。お前達はどちらを選ぶ……慎吾」
 びくっ、と身をすくませた慎吾に、江端は問い掛ける。
「貴奨さんと、健。お前は、どちらを助ける」
「……そんな、俺……」
 慎吾は苦しげに、目を伏せてしまった。
 貴奨と、健さん。どっちも大切な、大切な存在。
 健さんが刑務所に行った時は、また会えるって分かってたから、信じてたから、耐えられた。
 だけど、完全にこの世界からいなくなっちゃったら?
 永久に、会えないんだとしたら?
 二人とも俺に、色々なものをくれた。
 あの二人がいなかったら…今の俺はいない。
 それなら。答えは、決まってる。
 小さく息を吐くと、慎吾はまっすぐ江端の目を見て言った。
「どっちも、俺には選べません。俺が今、ここにこうしていられるのは、健さんと貴奨…あ、もちろん江端さんや高槻さんや、他の皆もだけど! の、お陰だから。…助けられるって事は、俺もその場にいるんですよね。なら、俺は。二人を出してもらって、自分が檻に入ります」
 この時。別室で手に汗握って食い入る様にモニターを見つめていた健と貴奨は…互いを見やってフッ、と笑った。
「…あいつの事だ。ああ答えると思ったさ」
「ったく、かあいい奴だぜ…だけど、貴奨さんも聞いたよな?『健さんと! 貴奨さん』…だってよ?」
 ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべる健に、貴奨が微笑む。
「君は随分と……いや、何でもない」
「…途中で止められると、気になるんスけど?」
 貴奨のネクタイを指先で弄びながら、すうっ、と目を細める健。
 …どうでもいいが、身体には着ぐるみを着たままなのが…かなりマヌケだ。
『それじゃ答えになってないぞ』と言われるのを覚悟していた慎吾に、だが江端は小さく頷くと、隣のアシュレイに視線を移した。
「アシュレイ。お前なら、ティアランディアとグラインダーズのどちらを助ける」
 反射的にティア、と言いそうになったアシュレイは、『だーッ!』と、自分の頭をゴンゴン叩いた。
 そんな事しても、あいつは絶対喜ばない。
 それどころか、悲しむし、苦しむ。俺だって…一生、後悔する。
 正座をやめてあぐらをかき、腕組みをして唸りだしたアシュレイを、江端は静かに見つめている。
 …きっと二人とも、相手を助けろ、って言うだろう。
 自分はいいから、って。
 姉上は、立場からいって『守護主天』を犠牲になんて考えられないだろうし、ティアの奴も『俺の肉親』を犠牲になんか出来っこないし…だけどっ、そんな肩書きなんかどーでも、きっとあの二人は自分を助けてくれ、なんて口が裂けても言わないに決まってる。
 チビの頃から、ずっと大好きな…俺の為に、子供まで産んでくれるって言ってくれた姉上。
 やっぱり大好きな、大事な大事なティア。
 どっちがいなくなっても、俺はきっと泣く。
 泣いて、怒って、暴れまくる…。
「…あーもーっ、めんどくせーっ!!」
 キレた様に吠えると、アシュレイはバタン、と床に大の字になった。
「俺は! ティアや桂花みてーに、小難しい事考えんのは苦手なんだよっ!! そんなの、選べるか!!!」
 そして、むくり、と起き上がると、江端を睨み付ける。
「決めた。俺は、そいつらをそんなとこに閉じこめて喜んでる、どっかの馬鹿なゲス野郎を蹴り込んで喰わせて、それからティアも姉上もライオンも助ける!」
 アシュレイの答えにフッ、と微笑んだ江端は、ついで桔梗を見やった。
「お前は、卓也と二葉のどちらを選ぶ」
「えっ!え〜っ、えっと、えっと〜…」
 誰より何より大切で愛してるのは卓也だよねっ!
 だけど…二葉の事見殺しにして助けたら、卓也、すっごく怒る気がする…
 二葉も、友達で兄弟(みたいなもの)で、すっごくすっごく大好きだしっ…
 わ〜んっ、俺どうしよっ! かなり真剣に悩んでいたらしい桔梗は、だが『うん!』と頷くと口を開いた。
「二葉」
「えッ?!」
 まさか自分の名前があがるとは思いもしなかった二葉が、心底びっくりして桔梗の方を向くと……
「ゴメン!!」
 彼はパンッ、と両手を合わせながら、頭を下げる所だった。
 ガク、とずっこける二葉。
「ま。分かってたけどな、キョウの答えは」
 苦笑する二葉に、桔梗は「でもでもっ!」と握りこぶしで叫ぶ。
「半分、半分こしよっ、二葉?! 俺も、半分食べられるからっ! 二葉全部じゃないからっ!!」
 涙を浮かべながら力説する桔梗に、皆が吹き出した。
「えっ、何何?! 俺ヘンな事言った??!」
「…ううん。変じゃないよ…小沼、大好き」
 隣にいた忍に肩を抱き締められ、桔梗は訳が判らないながらも嬉しくなった。
「(ま、いっか。二葉怒ってないし、忍喜んでくれてるみたいだしっ♪)」
 江端は『この道場で最強なのは、ひょっとしたらこいつなのかもしれんな…』と思いながら、もうニコニコしている桔梗の横にいる、忍に声をかけた。
「二葉と一樹…お前はどちらを助ける」
 予測通りの人選に、忍はきつく目をつむり、下唇を噛んだ。
 俺は二人から、言葉に出来ない程の『気持ち』を一杯もらってる…
 それを言うなら小沼もだけど…やっぱり、あの二人は特別な気がする。
 好きって気持ちが行き交うたび、心の中があったかいもので満たされていった。
 あいつらと逢えなかったら、凍り付いちゃってたかもしれない…俺の心。
 二葉と一樹さんから沢山の『大好き』をもらって、俺は今、自分の事を好きになり始めてる。
 あいつらの、大切な気持ちをこんなにそそいでもらってる人間が、つまらない存在の筈がない。
 大事な想いを受けるに相応しい人間になりたい。
 もっともっと、上を向いて歩いていきたい……。
 忍は肩の力を抜くと、穏やかな、だが真っすぐな眼差しを江端に向けた。
「俺、この問題には答えられません。答える必要を、感じませんから」
 江端が、視線だけでその先をうながす。
「たとえ仮定の問題でも、俺の大切な人達を計りにかけてどちらかを選ぶなんて事、したくありません…もし、これに答えないせいで除籍になっても…俺は後悔しません」
 迷いのない答えに軽く頷いた江端は、隣で感動のあまり目頭をおさえている二葉に目をやった。
「後は二葉だな……忍と一樹……」
 しかし二葉は最後まで言わせなかった。
「俺が、ライオンを、喰い殺す」
 まさしく、黄金のたてがみの若い獅子のごとく。
 まるで、江端自身に躍りかかるかの様な獰猛な目付きで、二葉はゆっくりと笑った。
 最初に江端を睨み付けていた時とは、瞳の力がまったく違う。
「お前も、慎吾と同じく自分を犠牲にして二人を助ける、という事か…?」
 面白そうに言う江端に、二葉が笑みを深くする……白い歯が覗き、隣で見ていた忍は『まるで、牙みたいだ…』と思った。
「人の話、ちゃんと聞きやがれ。もうボケが始まってんのか? …俺が、ライオンを、喰い殺すんだ。誰が喰われるっつったよ。俺はな、自分だろーが他人だろーが、『犠牲』なんてのはまっぴらごめんなんだよッ!」
 そう叫んだかと思うと、二葉はゆらりと立ち上がり…江端の前まで行くと、その胸ぐらをつかみあげた。
「さっきから聞いてりゃ、ふざけた事ぬかしやがって! んなの選べる位なら、皆はなっからこんな所通いやしねェんだよ!!」
 息がかかる程間近でまくしたてる少年に、江端は、今までに見せた事のない優しげな笑みを見せた。
(そして二葉は全身に鳥肌をたて、ずざざっ! と後ろに飛びずさった…)
「最終問題終了だ。二葉も座れ」
『今のは夢だ…幻だ…』と呟きながら腕をさすっていた二葉が、半ば魂が抜けた様になって元の場所に戻る。
 受講生達の顔をゆっくりと眺めやり、江端が口を開く。
「結果は……全員、合格」
『ええっ?!』とどよめく面々に、またもや先程の笑顔を見せる江端。
(そしてゴシゴシと自分の目をこする受講生達…)
「この問題は、お前達が真剣に悩んで導きだした答えならば、すべて正解とする…皮一枚で首がつながったな、二葉」
 るせっ! と毒付いた二葉は、江端が真面目な表情になるのを見て、口をつぐんだ。
「お前達は、『大切な相手』を守りたいと…その為に強くなりたいと、ここの門をくぐった時から…立派な、『おとこ』だ」
「江端さん…!」
「江端講師…ッ」
 皆が、感極まった様に江端の元へ駆け寄って行くのを、二葉は正座の足をくずしながら見やった。
「……ま、今日のとこは一本取られたって事にしといてやるか」

 こうして、今回の『おとこ格付けチェック』は終了した。
 だが、忘れてはならない……これは、毎月恒例(しかも抜き打ち)行事なのだ。
 さらに、彼らはまだ『男道』の入り口に立ったばかりだ。
 その先には、さらに険しい『漢道』が待ちうけている……。
 頑張れ少年達! 最終奥義、『ダム決壊』会得のその日まで!!


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