夜に一人 慎吾
雫が落ちる頭を、タオルで拭きつつリビングに入った俺は、思わず目を見開いた。貴奨がソファーに横になって、目を閉じていたんだ。
映画のビデオを付けたまんまで。
「め・・・・っずらしー」
思わず呟いてから、慌てて口を押さえる。
足音を忍ばせてソファーに近づいた。顔を覗き込んでも、貴奨はピクリともしなかった。
(疲れてるな・・・・)
こんな風に、無防備にうたたねするような奴じゃないのに。いつもなら。
(でもどうしようかな。寝かせといてやりたいけど、このままじゃ風邪ひくかも)
俺はこそこそとリビングを抜け出し、俺のベットからタオルケットを取って戻った。
(起きちゃうかな・・・)
そう思いつつケットを掛けたけど、相変わらず貴奨は深い眠りの中みたいで、全然気が付かなかった。
(うーん)
俺は心の中で唸ってしまった。こんな貴奨を見るのは初めてで、なんだか調子が狂うっていうか。へんな感じだった。貴奨はいつも、全くといっていいほど、隙の無い奴だから。ガードが緩むのは、高槻さんと一緒にいるとき位だし。
(まあ、その時も別の意味でのガードはきっちり張ってるんだけどさ・・・・)
俺はまじまじと貴奨の顔を見た。だってこんな機会めったに無いと思ったから。
間接照明でうっすらと照らされた貴奨の顔は、いつもよりもっと彫りが深く、シャープに見えた。
初めて気づいたけど、こいつって睫が長い。
唇はどっちかっていうと薄い方かな。それで口角がちょっと上がってるんだ。貴奨は結構切れ長の目をしてると思うけど、微笑んでるみたいなこの唇の形が、印象がきつくなるのを押さえてる。
優しい顔だ、と俺は思った。
(今だけなんだろうけど)
目が覚めればいつものこいつに戻る。
でも貴奨はきっと、自分がこんな顔をしているってこと、知らない。
俺はそっと床に座り込んで、ソファーに寄りかかった。
じっとしていると、貴奨の規則正しい寝息が聞こえてくる。それから、雨の音も。
(ちょっとだけだ)
俺は目を閉じた。静かだった。
とても静かで、安らかな夜だった。