投稿(妄想)小説の部屋

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No.58 (2000/06/25 12:34) 投稿者:エミ

夜に二人 兄弟

 意識が少しずつ覚醒に向かっていくのが分かった。雨の音がする。大きな雨粒が窓に当たる音。
(本降りだな・・・・)
 ゆっくりと右手を持ち上げて、手のひらで目を覆った。
 溜め息をつく。
 どうやらビデオを見ているうちに、うたた寝してしまったらしい。
(ベットで休まないと、明日に差し支える・・・)
 彼は一つ髪をかきあげてから、目を開けた。
 瞳はつかの間宙をさまよい、それからふと自分の左手に視点を移した。
「・・・・・・なにをしてるんだ、こいつは」
 眠っている最中も、不思議と左手があたたかいような気がしてはいたが。
(まさかこれが原因だったとは・・・・・)
 安らかな寝顔がそこにはある。彼の左手を両手で包み込むようにして、ソファーに頬をあずけている弟の姿が。
「馬鹿が・・・・・・風邪を引いて倒れたいのか」
 静かに上半身を起こした彼は、タオルケットが自分に掛けられていることに気づいた。
 青い色のそれは、弟が毎朝幸せそうにくるまっているケットだった。
 気が付くと、彼の手はそっと弟の髪を撫でていた。
 とたん、眉間に険が走った。
「この馬鹿・・・・・・」
 ひんやりと湿った感触が、洗い髪のせいなのだと気づいて。
「ん・・・」
 弟はかすかな吐息をもらしたが、目を開けなかった。
 早く髪を乾かしてやらなければと、彼は思った。
 しかし彼の左手は、しっかりと弟の手に握られている。
 引き抜こうとすれば、弟は起きるだろう。
(安らいだ寝顔だ・・・・・・)
 そう彼は思い、もう一度溜め息をついた。
「あと30分だけだぞ、慎吾・・・」
 聞こえるはずもないのに呟いてしまったのは、本当は自分に対しての言い訳だったからか。
 彼は右手だけで器用にケットを弟の身体に掛けると、再び目を閉じた。
 30分後、と頭にインプットして。
 雨の音がしている。
 そっと耳をすますと、ひそかな弟の寝息も聞こえてきた。彼は自分の唇に微笑が浮かんでいるだろうことに気づいていたが、気にしなかった。
 ここには自分と弟の二人しかいないのだし、弟はすっかり眠り込んでしまっているのだから。


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