投稿(妄想)小説の部屋

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No.38 (2000/06/08 19:36) 投稿者:天羽たかね

ロミオ+ジュリエット/6

 真っ白な裾の長いローヴは礼祭用の物で、胸から両肩に流れるように金糸で施された刺繍はデザイン化されたクロスを形取っている。高槻は起き抜けにシャワーを浴びると、クローゼットからクリーニングの帯封がされたままの黒い法衣をとりだす。それをベットに投げ出すと、濡れたままの髪をタオルで拭った。
 二人の婚姻を引き受けた事に、何の迷いもないはずだった。
 家や世間という障害を乗り越えて若い恋人が、身もなくひかれ合うのを自分には止められようもない。もし、自分が手助けをしたことで、十年以上にも渡る友人とも情人ともつかない男と永久に決別しようとも。
 高槻は口元に小さく浮かんだ笑みが、苦痛の皮肉な笑いにすり変わる瞬間を心臓が張り裂けそうな哀しみで受け止めた。所詮、自分の求めるものは永遠に手に入らない。その想いはただ、心の闇にゆっくりと沈むだけだったのだから。
 想っても報われない相手の面影が、まぶたの裏をかすめた。
 その瞬間、小さなため息をつくとまぶたを伏せた。吐息を殺すように、口元を覆った手がゆっくりと首筋を流れバスローブの隙間から、胸板に滑ってゆくのを止められなかった。
 この手があの人の手であったら、自分は何を投げうってでもあの人についてゆくだろう。それが、身を焦がすような恋というものだ。
 あの二人が結ばれるということに、なにかの免罪符を求めているのではなかった。ただ、どんな権力をしても止められないというものはある。それが例え神であっても。
 自分はそれを大人の感情で押し殺した。それが、どんな精神的な負荷をもたらしたか。
 高槻は敏感な場所に滑り込もうとしていた手を、諦めるような意思の力で押しとどめ、きつく拳を握ってクローゼットの扉にたたきつけた。
 くだらない感傷だ。
 口元に薄い笑みを浮かべ、すべてを振り切るようにバスローブを脱ぎ捨てる。黒い法衣を一息で袖を通すと、その上に礼祭用の純白のローヴを羽織った。そして、櫛で髪を整える。
 あと、十分を待たずして永遠の誓いを交す二人が、この教会に訪れるのだ。
 やがて、約束の時間に高槻が祭壇の前に表われると、若い恋人達は、互いに身を寄せ合い両手をしっかりと握りしめて、立っていた。健はタイトなブラックジーンズに黒いシャツを無造作にはおっている。慎吾はというとホワイトジーンズに真っ白なシャツをボタンをきっちり止めて着ていた。衣装の華やかさこそ無いが、立っているだけで完璧な一対という印象すら、ため息とともにもたらした。
「時間通りだな」
 静かな声は教会の内部に反射して響いた。健はきついまなざしをそれでも、今まで見たことのないほど優しげに細めてうなずいた。隣に寄り添う慎吾も、向こう見ずなまでに意思の強い薄茶の瞳をくるりと瞬かせた。そのまなざしは、ひどく懐かしい物のように高槻には感じられた。思わず、柔らかく微笑み返した。
「慎吾くん。よく出てこれたね。まあいい。それでは儀式を始めようか」
 高槻は厳かな手つきで、慎吾に真っ白なベールをかぶせると二人を導くように祭壇に立った。
 儀式は滞りなく朝の静寂の中で進んでゆく。少し緊張のやどる面持ちで頭を垂れる慎吾の細いふるえる顎。逆に全てを返り撃ちにするほどの意思の力がこもる健の、鋭いまなざし。
「……激しい喜びには、破壊がともなうものだ。火と火薬の口づけのように。勝利の絶頂で、死が訪れる。甘すぎる蜜は、その甘さゆえに嫌悪される」
 口から流れ出る言葉の裏に、高槻はかすかな不安を覚えたような気がした。
 むろん、表情は一ミリとて動きはしない。 何事も起こらなければいいが。
「だから、程々に愛したまえ」
 深くうなずいた二人は、やわらかい笑みを浮かべた。
 高槻はこの瞬間、新婦の兄を思った。あの隙のない端正な容貌が、薄く怒りに彩られる瞬間の事を思った。それは、心臓の中心に細いナイフを突き刺されたかのような痛みとなって、ゆっくりと身体を蝕んでいった。


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