おとこ教室・4 〜おとこ格付けチェック・中盤戦〜
『おとこ格付けチェック』第二問。
向かい側に正座している受講生達に、腕組みして問い掛ける江端。
「自分はどうしても急いで行かなければならない用足しの最中だ。
だが道を急ぐ途中、目前に困った様子で泣いている女が現われた。お前ならどうする?」
まず、少し困った様な表情で慎吾が答える。
「…やっぱり、放っては行けません。しつこくない程度にお話を聞いてみて…その時自分に出来そうな事を考えて…最善の行動を、とれたらいいな、と思います」
和らいだ瞳で頷く江端。
(注:この時、別室で『本日のおやつ』を召し上がりながらモニターチェックをされていた貴奨さんも微笑まれておりました。/お茶を運んだ太鼓係Zの証言)
「よし。おとこは、優しくなければ生きる資格がないとも言うからな。次」
続いて、しびれた足を気にしつつアシュレイ。
「知らねーよ。だって『どうしても』特急で行かなきゃなんねーんだろ!? 大体、ホントに困ってるなら道っ端で泣いてないだろっ! 普通!!!」
それを聞いて苦笑する江端。
「まあ、冷静な判断と言えなくもないか…いいだろう。次」
ちょっとオロオロしながら、忍。
「頼まれた仕事も、放り出す訳にいかないし…でも俺…泣いてる女の人なんて、どうしたらいいか…すいません、判りません、俺」
小さく頷く江端。
「正直でいいな。男は女の涙に弱いという定説もあるからな…よし。次」
やってられっか、といった感じで二葉。
「知んね。顔見知りでもありゃあ、ちっとは気になるだろうけど、見ず知らずの女だろ? 急いでるなら、かまってらんねーんじゃないか」
だが、江端はその答えには眉をひそめた。
「…お前の答えは、『男』という以前に人道的に問題があるな」
「(何でだーーッ! 他の奴らとたいして変わんねーだろがッ!! 特にアシュレイ…ッ!!!)」
震える拳をググッと握りしめる二葉。
「次の問題の前に、15分休憩をとる。戻るのが遅れた奴はその場で失格だぞ…以上」
江端が道場を出て行くのを、正座したまま見送る受講生達。
その後ろ姿が消えるのを待って、忍は二葉の腕にとりすがった。
「二葉、どうしたんだよっ。さっきの太鼓も間違えちゃったし、これじゃ下手すると『ダダずべり』でEランクになっちゃうよ!?」
「〜〜〜ッ!! んな事言ったってよーッ…」
自分の金髪に手をつっ込んでグシャグシャとかき乱している二葉の右手を、忍は押さえつけ、握りしめた。
「…頑張ってよ、二葉。俺…ホントは、二葉が俺の事心配してここまで来てくれたの、嬉しかったんだ。もっと、一緒にいたいんだよ…?」
忍が可愛らしい声で可愛らしい事を言うのをうっとりと聞いていた二葉は、はッ、と我にかえった。
「……もっと…って…?」
「やだなあっ、ここの規則であるだろっ? Eランクはイコール『通う価値ナシ』で、強制除籍なんだよっ!?」
「…何ィ〜〜〜ッ!!??」
忍に肩を掴んでガクガクと揺さぶられながら、二葉は叫び声をあげた。
江端から休憩を言い渡され、忍と二葉以外の受講生達は各自楽な姿勢をとり、井戸端会議を開始していた。
「……でさー、健さんって、ほんっっとやらしくって」
「あ、俺もティアに似たようなコト言われたことある!」
「…鷲尾さんは、優しいですよ?」
……井戸端会議というより、亭主自慢だったのだが……
そこに桔梗も加わろうとしたところで、道場に怪しい人影が現われた。
「てめーら…じゃない、皆様。お疲れさまです。おやつをお持ちしました」
ワゴンを押しながら優雅な足取りで入ってきたその人物は…
頭から足先まで、全身うさぎの着ぐるみに覆われている。明らかに怪しい。
声はなめらかで若く、背もそんなに高い方ではないらしい。
耳の部分を除けば、忍より少し高いくらいだ。
「では、まず最下位の…二葉…さんから。まあ、まだ二問しかやってないからね。…えっと、Cランクの方の本日のおやつは『どんぐりあめ』です」
うさぎはワゴンからどんぐりあめを2、3個取ると、二葉の手に握らせた。
なぜかその後、二葉の両手を熱く握りしめ、ドンマイ! とエールを送る。
「う?…ああ、さんきゅ」
「どんぐりあめか、懐かしいなー。小さい頃よく食べたよね、駄菓子やさんとかで」
二葉とうさぎの間から忍が顔を覗かせると、うさぎはキィ!と睨んで(…うさぎだが…)、
「シャァーーーッ! あっちへおゆき!」
と怒鳴りつけたが、次の瞬間には二葉に蹴飛ばされ、「愛が痛い!」と意味不明な悲鳴を上げながら5メートルほど吹っ飛び、壁にぶちあたって床に落ちた。
本気の蹴りはどうやらみぞおちにクリーンヒットしたらしく、うさぎは倒れたままぴくぴくと痙攣を続け、やがて動かなくなった。
「なあ、忍、Aランク用のおやつって、コレかな?」
道場の端まで吹っ飛び、倒れたまま動かないうさぎなど気にもとめず、二葉がワゴンからレアチーズケーキを勝手に取り出す。
「ふふ二葉、あの人動かないんだけど…。ねえ、ちょっと…」
「あー、だいじょぶだいじょぶ。生きてるって、多分。な、アシュレイ」
「そうそう、人間ってのは、なかなか丈夫にできてんだぞ」
ケーキを二口で平らげたアシュレイにまでそう言われたので、忍も気にしないことにして、ケーキを一口、口に入れた。
「あ…これちょっと、チーズの味が濃い」
「良いチーズ使ってるんだね、四季グリーンホテルの喫茶室のより美味しいかも。これどこの店のだろ」
「ん…でも俺、コレちょっとダメかも。二葉、食べる?」
「食う、食う! な、な、忍が食わせてよ、はい、あーん」
さっきまであれほどショックを受けていたというのに、二葉のご機嫌は全快、どうやらあの蹴りでかなりストレスを発散できたらしい。
二葉の為になったのならば、結果オーライ、それも本望だろう、うさぎ…。
「いやぁ〜、新婚さんみたいだね、二人とも。…でもチーズケーキだったら、鷲尾さんが作ったやつの方がおいしいな…」
新婚さんはあんたや…というまわりからの無言のツッコミも絹一には届いていないらしく、彼は尚も鷲尾トークを繰り広げていたが、それに律義に付き合ったのは、お人好し・慎吾だけであった。
『おとこ格付けチェック』第二問終了から、間もなく15分。
二葉がどんぐりあめの飴の部分をバリバリ噛んでいたところに(勿論、『二葉、あーんv』はナシだった)、第三問の開始を知らせに江端がやってきた。
「これから、第三問を開始する! 第三問は、ダンスだ!」
「っしゃ、ダンスなら任せとけってんだ! うちはパパとママが社交ダンスやってんしな! これで汚名挽回だぜ!」
「二葉、違うよ。汚名は返上するもので、挽回するのは名誉だよ。正しい日本語使おうね?」
ガッツポーズを決めた二葉に、忍の冷静なツッコミが炸裂する。
彼は彼なりに大真面目なのだが、その真面目さが最早天然ボケの域にまで達しているのを、当の本人はご存知だろうか。
「…なんかさあ、お前って、時々…」
「ん? 何? それから、苦汁は青汁とは違うからね?」
「えーっ、うそうそ、だって青汁苦いじゃん!」
江端が説明している最中だったというのをすっかり忘れた桔梗が、二人の間に割り込んできた。『忘れる』というのは、彼の十八番である。
「確かに、『苦い汁』って意味もあるけど、それを飲まされたような辛い思いや苦悩、って意味もあるんだよ。『苦汁を舐める』っていうのは、あと味の悪い嫌な思いをするっていう意味ね」
「ふーん、じゃ、無理矢理青汁飲まされて、辛い思いするってゆーのは?」
「…忍、桔梗、続きは後にしろ」
はーい、すいませーん、という声を聞きながら、今度カリキュラムに『おとこの正しい日本語』講座も組んだ方が良いかもしれない、と江端は痛みはじめた頭を押さえた。
「…さて、第三問のダンスだが。これはシルエットクイズだ。
Aは特別講師・芹沢貴奨氏によるソーラン節、
Bは特別講師・高槻光輝氏によるファイヤーダンスだ。
どちらが真の『おとこのダンス』か、よーく見極めるんだ!」
はい! と元気良く返事をする受講生達の耳には、二葉の
「なあ、おかしいって。マジでおかしいって、ソレ!」
という悲痛な訴えは届いていなかった。
彼の目から零れた一粒の真珠のような涙が、綺麗な曲線を描きながら、冷たい頬をゆっくりと伝っていった。
<『おとこ格付けチェック』第三問終了時点での、現在の成績>
Aランク:アシュレイ・絹一・桂花
Bランク:忍・桔梗・慎吾
Dランク:二葉
(ちなみに、第三問の正解は『A・貴奨のソーラン節』。
忍と桔梗は凡ミス。慎吾は当然の如く、師匠・高槻を選び、ワンランク落ちとなった。)
「お前が表情を全く崩さずにソーラン節を踊ってる姿、慎吾君にもナマで見せてあげたかったな」
出番が終わり、教官室に戻った光輝は、先程までなにかにとり憑かれたように激しく踊っていた貴奨を振り返った。
「ふん。くだらん」
貴奨は光輝に背を向けて、しっとりと汗に濡れたハッピを丁寧に畳んでいる。
その背中からかすかに怒りのオーラが発せられているのを、高槻は見逃さない。
「なに怒ってんだよ。ははーん、慎吾君が俺の方を選んだのが、そんなに気に食わないんだ?」
「………」
わざわざ振り向かずとも、光輝の顔に、それはもう楽しそ〜な……貴奨に言わせればイヤミったらしい、慎吾に言わせれば優雅な……笑みが浮かんでいるのは分かりきっている。
ここでむきになって反論しても相手を喜ばせるだけなので、貴奨は敢えて背を向けたまま、黙々と着替えを続けた。
「折角、一週間前から一生懸命練習してたのにね♪」
至極楽しそうに、音符マーク付きで言われて、ようやく貴奨は光輝に視線を合わせた。
その額には、幾つものタコマークが浮かんでいる。
「…嫌な奴だな、お前は。自分だって、火傷したくせに」
「あ、そうだ。この火傷の痕、慎吾君に舐めてもらおっかな」
「だめだー! 何を言っているんだ、高槻! 断じて許さんぞお!!」
「だって俺、慎吾君の為に一生懸命踊ったんだよ? 熱かったのに」
自分からファイヤーダンスを希望したくせに、何を言ってやがるのか、この男は…。
貴奨が震えるこの拳をどうしてくれようと考えていた時、教官室の扉が開き、うさぎの着ぐるみを着た人物が体を『く』の字に折り曲げてよろけながら入ってきた。
「どうしたんです、うさぎさん!」
「うう…うさぎじゃ…うううううさぎじゃないです…げほっ…」
その尋常ではない様子に驚いた光輝が駆け寄り、肩を貸してソファまで運ぶ。
ソファに横たわったうさぎの息は弱々しく、腹を押さえて震えている。
ああ、宇佐美、だったな…。どうしたんだ、一体」
取り敢えず頭だけでも…と光輝がうさぎの頭を外すと、果たしてそこには、人気モデル・悠の変わり果てた顔があった。
いつもは自信に満ち溢れ、まぶしいまでの輝きを放つ優美な顔が、今は痛みに歪められ、哀れなほど青白く変色している。
「な、なんでもないですよ。ふ…ふふ…」
「馬鹿、こんなに冷や汗かいてて、何が『なんでもない』だ! おい高槻、俺の車を裏口に回せ! 病院に行った方が良いかもしれん!」
「分かった!」
…数分後、『おとこ教室』からこっそりと病院に搬送された悠は、体に大事はなかったものの、打ち身の痕はそれから数週間消えることはなく、肌を露出する類の撮影を全てキャンセルするハメになってしまった。
…合掌。