桜
「ったく、こんなのこれっきりだぞ。バレたらどーすんだ・・・。」
地上に降りた位置は桜が咲いている場所より少し離れていた。
二人で並んで山道を一緒に歩きながら、せっかくのお花見なのにお酒がないね、おまえにはお団子の方がよかったかな・・・などと言いながらティアは笑っている。
桜の下で酒なんか飲んだら、おまえに何されるかわかったもんじゃねえ、とアシュレイも笑っていた。
飛んでいけばあっという間の距離を歩き続けた先に、アシュレイが選んだ場所はある。
あと少しだぜ、と言ってティアの手を引っ張ると、少し息があがってしまっていたティアランディアは微笑んで顔を上げた。
「ほら、着いた・・・。」
そこには満開の桜が咲き乱れていた。
月明かりに照らされてた桜の花が、白とも桃色ともいえない色に染まっている。
さらさらと風が吹くたびに桜の花びらが舞い散っていく。
まるで夢のような光景にティアランディアは一瞬吸い込まれそうになっていた。
心からも体からも力が抜けていくような・・・。
「ティア!!」
アシュレイはティアランディアの体をぎゅっと抱きしめた。こわかった。
ティアがどこかに行ってしまいそうだった・・・!
夢中で力の抜けきった体を強く抱きしめていると、ティアがそっとアシュレイの肩に頭を寄せてきた。
もたれかかってきた体にはちゃんと意志があって、アシュレイはほっとした。
そのまま二人で草の上に座り、月夜の夜桜を眺めた。
「なあ、ティア。桜ってさ、なんでだか昔を思い出さねえか? その時の気持ちとかがさ、なんかこう・・・、はっきり浮かぶっていうか・・・。」
「おまえはいつもそうなの?」
「うん。柢王やおまえと初めて会ったときのこととか、文殊塾でのこととかさ。」
人間界でこの季節がめぐってくるたびに咲く桜を見て、アシュレイは思い出していた。
自分が幸せだった頃。まだ子供だった頃。ケンカした日々。
ティアランディアを好きになったこと・・・。
「桜にはなにか力があるのかもね。私も・・・大切なことを思い出したよ。」
「?・・・大切なこと?」
「おまえがいつも私を守ってくれているってこと。」
疲れていた日々の中で、おまえに会いたいとばかり思っていた。
会って触れて、声を聞きたいと。
私達は離れていても信じ合おうと誓ったのに。
どうしてあせってしまうんだろう。信じていると言葉で何度言っても心がついていかなくて。
でも、こうして今、アシュレイは隣にいてくれる。そっと肩を抱いてくれている。
それだけで、心のつかえが溶けていくのを感じている・・・。
「愛してるよ、アシュレイ。」
甘い言葉の連続に、アシュレイは顔を赤くしていた。耳の先まで赤くなっている。
「てっ、てっ、てめえは・・・っ、んなことしか言えねーのかっ。こっちが真面目にしゃべってんのに!」
「ふふ、私だって真面目だよ。全部本気だもの♪」
ますます赤くなったアシュレイの唇に桜の花びらが舞い落ちてきた。
ティアはそれを指でそっとつまむと、可愛いね、おまえみたい、と言いながら桜の花びらを唇にあてた。
声のでないアシュレイの体を今度はティアが包み込むと、月夜を真上に眺める形に二人はなっていった。
今夜二人を見ているのは、桜の木と月だけだった・・・。