「炎翠月下」2
「この炎翠月下は、人形ですが、普通の人形ではないんです。愛情を沢山込めれば込めるほど、綺麗に可愛く成長するんです。もちろん、お話も教えた言葉と感情をインプットした分、豊かになるんです。そうですね、人間と変わらないですわ」
驚きと、ショックを隠せずにはいられない状況に陥ったティアは、この店の店主グラインダーズに冗談はやめてくれと願いながらも恐る恐る、今、自分の足にピッタリとくっついている子の説明を求め、聞いていた。
グラインダーズは、ティアから離れようとしない炎翠月下に微笑みながら、困った顔で、また、説明を始めた。
「参りましたわね・・・・。どうしましょう? お客様の事が本当にお好きなようですよ、・・・ん、こんな事、初めてなんですが・・・」
「え?、それって、一体・・・」
グラインダーズは、ティーカップの中のアールグレイを一口飲むと、ティアの側にいる炎翠月下を自分の元に戻そうと試みるが、やはり、必死にティアのズボンの端を掴み離そうとせず、イヤイヤする炎翠月下に苦笑した。
ティアはそんな炎翠月下の様子を見て、グラインダーズの手を離させ、嫌がる炎翠月下を、自分の膝へ、「おいで」と微笑んで迎えた。
グラインダーズは、苦笑まじりに溜息をもらす。
「ああ、お客様にそんなことをされては、ますます・・・」
「?! ええ、まずかったのかな?!」
「まずいと言えば、まずいんですが・・・、私も淋しいですが・・わかりました炎翠月下をお譲りしましょう。どういたしますか?可愛がっていただけます?」
「・・・・って、高いモノなんでしょう?」
「フフフ、・・・そうですね・・・こんな所かしら」
ニッコリ微笑む、グラインダーズの書き記した価格明細に、ティアは自分の両目が飛び出る程、唖然とし、クラクラと頭を抱えた。
「・・・大丈夫ですか? お客様?」
「・・・・・っ、たっかいですね・・・・凄く・・・」
「まあ、こういったモノのお値段は、これぐらいが相場ですよ(微笑)どうしますか?今なら、こちらのお洋服一式と、特製ミルク、クマクマもセットでお付け致しますが」
グラインダーズに色々とたたき込まれて、ティアは自分の理性をセーブしようと試みたが、ちっちゃな指を自分に絡ませて、キラキラ愛おしく笑う炎翠月下に最後の理性が音と共にもろく崩れていった。
「・・・・是非、可愛がらせて下さい・・・・」
「はい、お買いあげありがとうございます〜」
にっこり微笑むグラインダーズに「ローン払いはききますか?」と涙目で聞いてきたティアだった。
ティアはとりあえず、今までの貯金を三分の二程おろして、グラインダーズに手付金として払った。
後の金額は、ローンで組むこととなったのである。
普通であるならば、何時の日にかのマイホームの資金・・・。
ティアは、自分でマイホームは購入する気はなかったが、
それでも、そんなことが頭のスミをかすめていったのだった。
苦笑を漏らしながら、少し落ち込んでいると心配そうに炎翠月下が、ティアの首に自分の腕を回し一生懸命にギュッとしながら頭をティアの肩に傾かせた。
ティアは、自分の感情が炎翠月下に伝わっていっている事に気づいた。炎翠月下の奮える背中にティアは ポンポン と、まるで、赤ちゃんを泣きやますように優しくさする。
「・・・ごめんね・・・。自分から君を可愛がるって引き受けたのに、もう、こんな事考えないから」
ティアの言葉にすぐ反応する炎翠月下は、ティアに微笑みながらうんうん、とうなずかせた。
そして、喜んだのか、ギュウギュウとティアに抱きついたのだった。
ティアは、はじめは興味と欲望で炎翠月下を手にいれたが、何だか自分の中に穏やかな気持ちと、愛という感情が少しずつ生まれていた。
炎翠月下に自分も頭を傾けながら、今の気持ちを伝えていく。
「ああ、そうだ!」
ふと、そういってティアは炎翠月下を自分の方へ顔を向けさせながら、ニッコリ微笑む。
炎翠月下は、ん〜。と、不思議そうにティアを見た。
「ああ、ごめんね、実は君のお名前をまだ付けていないことに気づいたんだ。うんーーーと、・・・そうだね、(アーシュ)はどうかな?」
その、言葉を聞いた炎翠月下は、ちょっと考えて暫くすると、自分の感情をいっぱい伝えるかのように、ティアに抱きついてきた。
「・・良かった、気に入ってくれたみたいだね」
「・・・・・・しゅきっ・・・・」
・・・・・・・・ええ?!
初めて、炎翠月下の言葉・・・・。聞き逃すかと思った程ティアはびっくりして驚いた。
まさに、グレインダーズが言っていた通りである。
愛情をかければ、かけた以上に返ってくる。
「・・・私の方こそ、嬉しいよ、声が聞けるなんて・・・。アーシュ・・・私も大好きだよ」
ティアは、アーシュを抱きしめ、帰宅の道を歩き始めた・・・・。