「炎翠月下」1
「午後からの講義、あと2コマだったよな?」
「うん・・・。ああ、まだ、昨日の寝不足がきてる・・・柢王・・・私は今日は休講するよ・・・駄目だ・・・眠い・・・」
「おいおい・・・大丈夫か? ったく、お前のお人好しな八方美人には呆れるね・・・そのくせ、まだ、本命が見つからないってんだろ、本命の前に体がもたないぜ」(苦笑)
「・・・・・幸せ者のお前には、言わせておくさ(笑)・・・桂花か。暫く、会ってないな・・・フフ、今度、食事がしたいと伝えてくれ」
「ああ、伝えとく、ん、じゃな。我が儘な暴走体、労れよ(笑)明日な!」
「・・・・はいはい・・・」
残暑厳しい夏も終わり、秋の気配が心地よく感じられる季節となった。
高校時代からの親友の柢王にからかわれてティアは寝不足気味な体をクラクラ引きずりながら、一人暮らしの自分のマンションに帰る事にした。
本当は、講義に出たかったが、ここの所の低王に突っ込まれた夜遊びに体が悲鳴を上げはじめていたのである。
「・・自業自得って、奴かな・・・。車は、車庫に預けるか・・・仕方ない」
苦笑しつつ、愛車での帰宅を諦めたティアは、タクシーをつかまえて、帰る事にした。
タクシーをつかまえるには、今、歩いてる路地を通り抜け、大通りの交差点まで出なくてはならなかった。
ティアは路地に入る角を曲がった。
暫く歩いて行くと、何やら、ここの路地にはあまり似合いそうにない・・・でも、不思議と、懐かしさを漂わせている店が一軒ティアの目に飛び込んできた。
店はガラスの出窓がちょこんと可愛らしくあった。
(・・・アンテークのお店かな?)
少し、興味がわいてきたティアは、ふらつく体に興味と言う名の欲望でそこの出窓から、店の中を覗いた。
瞼が落ちかけたその時である。ティアの両目に信じられないようなモノが飛び込んできたのだった。
「・・・何?! あれって・・・人形だよね・・・・凄い・・・綺麗で可愛い・・・」
もう、一度瞼に焼きついてしまったその人形に対する気持ちに、ティアは押さえることができずに、店の中へふらふらと吸い込まれるように足を踏み入れた。
カラ〜ン・・・
ティアが扉を開けるため押すと、扉に付いていた小さなカウベルが店内に鳴り響いた。
すると店の奥の方から来客の知らせを聞きつけ店の奥から、女主人のバイターが出てくる。
「いらっしゃいませ、どうぞ、ゆっくりと私の可愛い子達を見ていって
あげて下さいな。ああ、話しかけてあげて下さると、とても喜びますよ」
「・・・・ああ、ありがとうございます。・・・」
「私、ここの店主で、グラインダーズといいます。何か、ご希望ありましたらご遠慮せずに、仰って下さい。私は、店の奥にいますので。そうね、今、お茶を入れてまいりましょう」
そういって、グラインダーズは、微笑みながら店の奥へ下がっていった。
ティアはグラインダーズが去った後、すぐに、あの気になる人形を探した。
「・・・確か、ここらへんだったはず・・・ん?」
自分のズボンの端を掴む、小さくて可愛い指と共に、赤いクリクリした瞳を輝かせている子供がいた。
しかし・・・この子供は・・・・・。
ふらつく頭を振り絞りティアは、今の状況を理解しようと頭を働かせた。
「・・・・そんな、馬鹿な・・・・。いや、まさかね・・・ははは・・・ねえ、君はもしかして・・・・」
ティアの恐る恐るの質問に、その子供はニッコリと微笑んだ。
しかも、天使の微笑みで・・・・。
そんな、ティアのびっくりした様子を、クスクス微笑しながら店の奥からアールグレイの紅茶を手にグラインダーズは出てきた。
「あらあら、どうやら、お客様の事をとても、お気に召したようですね。その子は私が作り上げた中でも、一番手が込んでる子ですよ。名前は炎翠月下(えんすいげっか)って、いいますの」
ティアは驚きのあまり、今までの疲れが一気に飛んで行った気分であった。