白雪姫11〜頼みの綱は危ない薬〜
「…で、こんな所に、一国の王妃殿が、一体何の御用なんですか?」
不機嫌な表情を隠そうともせず、桂花は突然の闖入者に刺々しい言葉を投げかけました。
「薬作って欲しいなぁ〜って…」
猫なで声の見本のような可愛いらしい声を出して、ダメ?と首を傾げてみせる桔梗に、
「そんなくだらない用件でしたら、ご自分で何とかなさったらどうですか?」
不機嫌そうな顔をますます険しくした桂花はつれない返事を返します。
「えーだって俺、妖しげな薬作るのは専門外だし〜」
「ではご自分の師匠にでも頼めば良いでしょう、わざわざ吾の手を煩わさないで下さい」
すげなく断るその後姿に、だってだって!、と桔梗は追いすがりました。
「桂花よりも薬を上手に調合する薬師って俺知らないもん。うちの国の奴は全然使い物にならなくてさ〜」
それに師匠なんかにこんなこと頼んだら後が怖いし…、そう顔を顰めると、
「駄目なものは駄目ですっ!これ以上吾の邪魔をしないで下さい、それじゃなくても守天殿に頼まれている仕事が片付かなくてそれどころではないのですよ」
ますますきつい口調で桂花は出ていけとばかりに入り口を指差しました。
「そんなこと言わないでさ、桂花〜」
「あれ、桔梗じゃん。やっと念願の初恋の男誑しこんだって噂だけど、何しにきたんだ?」
縋りつく桔梗の後で、暢気そうな声がしました。
「ふぇ〜ん、柢王〜」
振り向きざまに抱きついてきた桔梗を難なく受け止めると、
「おい、どうしたってんだよ」
話の見えない柢王は首を傾げます。桔梗が我侭を言うのはいつものこと。でもこんな風に問答無用で泣きついてくるのは珍しいことなのです。だいたいは過保護な従兄弟達や、年上の幼馴染に泣きつくのが普通なのですが。
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら泣きつく桔梗の話を聞き終わった柢王は、
「いいじゃん、わざわざ作ってやらなくてもある薬なんかやればいいじゃねーか」
お前なら持ってんだろ、いろんなやばい薬もさ、そう恋人に尋ねると、やれやれとばかりに桂花は肩をすくめました。
「そうですね…痺れ薬とか発狂させる薬くらいならいろいろありますが…あぁ、これなんかは自白と精神錯乱を合わせた効果を発揮して楽しいかもしれませんね」
「おいおい…」
「でも即効性の死に至らしめる薬と言えばこれくらいしかありませんよ」
「…お前そんなもの作ってたのか?」
先ほどとは打って変わり、いろいろと瓶を机に並べながら詳しく説明する恋人の姿に、柢王は顔を引き攣らせながら思わず乾いた笑いを漏らしました。
「で、結局どれだったらいいわけ?」
「…そうですね、ではこの瓶を。これには一粒で相手を死に至らしめる猛毒が入っています。水に解いて使うもよし、固形のまま使うもよし、初心者向けですね」
こんな猛毒のどこが初心者向けなんだ? そんな柢王の心の叫びも知らず、桔梗はぱっと顔を輝かせました。
「うん、これがいいや! わ〜い! じゃあさっそくもらってくね! じゃ!」
挨拶もそこそこに飛び出していった桔梗の姿に、柢王ははっとあることに気がつきました。
今桔梗が掴んで飛び出していったあの青い瓶。
あの瓶には確か馴染みの花街の姐さんから貰ってきた、とある薬を入れていた筈。
隠す場所に悩み、木を隠すのは森の中とばかりに、中身を捨てて薬棚に並べていたのですが…アレをあのまま使うとちょっと困った状態になるのです。
「あちゃ〜」
小声で呟いたその声が聞こえたのか、
「どうかしましたか?」
と、桂花が首を傾げます。
ばれたらまた煩いんだろうな…と怒らせたら怖い上、なかなか恐ろしい薬まで調合していることが判明した恋人に、柢王は慌てて、
「いや、なんでもない」
手を振りました。
自白剤でいろいろな悪事ことを聞き出されるくらいなら、黙っていた方がどう考えても得策のようでした。