ふぁーぶる。2
「高槻さん…っ!」
ホッとした様に叫ぶ慎吾の隣に、ふわり、と降り立った揚羽蝶は、舌打ちして後ずさる健に艶めいた微笑みを投げました。
「……おまえらの事は、虫が好かねぇんだよ。キラキラキラキラ、鱗粉撒き散らしやがって。うざってーんだ、っての!」
忌々しげな悪態には耳をかさず、高槻は優しく慎吾の肩を抱き寄せます。
「どうしたの、慎吾くん?こんなに遠くの方まで一人で来て…兄貴が心配するよ?」
素直に身体をまかせながら、泣きそうな声で言う慎吾。
「俺、散歩してて…そしたら、すごくいい匂いがしてきて…こっち来たら、コレがあって。甘くておいしかったから、貴奨にも…って思って、だけど、道がわかんなくて…っ」
慎吾が抱きしめていた角砂糖のかけらを見た高槻が、幸せそうな笑顔になります。
「……それは、あの人が置いていってくれたものだよ」
「あの人…って?」
「私の好きな人。今日も、その人に会いに来たところなんだ」
驚いた様に見上げてくる慎吾に、今度はイタズラっぽく笑って、高槻は言いました。
「…って言っても、周りをひらひら飛んでみたり、ふざけて肩にとまってみたりするだけだけどね」
慎吾は知りませんでしたが…『あの人』とは、実は人間でした。萩原薫という学者で、昆虫の生態を調査する為、数日前から森に滞在していたのです。
「〜〜っ、無視してんじゃねーよっ!」
蚊帳の外だった健が「面白くねぇ」と吐き捨て、去ろうとした時です…その後ろ姿に、慎吾が叫びました。
「待って!」
健が振り返ると、子アリは一生懸命な様子で言葉をつむぎます。
「確かに俺は、貴奨に守られるだけの存在だよ……今は、まだ。だけどいつか、必ず一人前の大人アリになってみせる。俺、頑張りますから。……だから、見ていて下さい。これからの、俺のこと。それでもまだ、その時の俺が『何もわからないガキ』のままだったら……俺、喜んであなたに食べられます」
真剣な眼差しでそう言い切った慎吾は、健の目を見つめたまま、小声で続けました。
「あなたの名前、聞いてもいい…?」
「……健」
思わず答えてしまった健に、慎吾ははずむ様な声で言います。
「健さん、か。俺は、慎吾。芹沢慎吾です。……じゃあ、またね、健さん」
そして、言い終わるのを待っていた高槻に後ろから抱きかかえられ、飛び去っていきました。
「『またね』…ってか。ハッ!」
その真っすぐな笑顔につい見とれてしまった健は、照れ隠しの様に、荒々しくきびすを返したのでした……。