投稿(妄想)小説の部屋

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No.178 (2001/02/08 02:23) 投稿者:ZAKKO

ふぁーぶる。3

《アリと揚羽蝶》

 ある日の事です。
 貴奨アリの家のドアが、突然ノックされました。
 遠慮がちなその音に、貴奨がドアを開けると……何とそこにあったのは、片羽を失った、傷だらけの揚羽蝶の姿でした。
「どうした、高槻! その羽は…っ?!」
 ……実は高槻は、ピンクスパイダー・聖也の蜘蛛の巣にひっかかり、間一髪で逃げてきたところだったのです。
「ちょっと、うっかりしちゃったな…」
 力ない笑みを浮かべる高槻を見て、子アリの慎吾が悲鳴をあげます。
「高槻さんっ?! なっ、その傷…っ! 一体どうして…っ!!」
 駆け寄ろうとした慎吾より一歩先に外へ出た貴奨は、そのまま扉を背にドアを閉めてしまいました。
「何すんだよっ、開けろよっ! 開けろって…っ、馬鹿貴奨!!」
 ドンドンとドアを叩く慎吾を無視し、貴奨は片羽の揚羽蝶をじっ、と見つめます…。
 目を逸らした高槻は、自分の足元を見ながら、抑えた口調で言いました。
「飛べない蝶なんて、蝶じゃない……羽のない私なんて、もう生きていく価値もないよ。こんな姿を、あの人にさらす位なら……いっそ、おまえが食べてくれ。慎吾くんとおまえになら、私は…っ」
 その告白を聞いた貴奨は、グッ、と拳を握り込むと、目を閉じました。
(そう…知ってたさ。おまえの目が、俺じゃない誰かを追っていた事くらい…飛んでいくおまえに、俺の手は届かないって事くらい…)
 そして、ゆっくりと瞼をあげ、低い声で言います。
「ふざけるな。羽の一枚位なくても、おまえはおまえだ、高槻……俺を逃げ場にするな」
 押し殺した様な、しかし凛とした声に、ハッ、と顔をあげる高槻。
「抱きしめたら……俺はもう放さんぞ」
 黒黒と冴えた双眼をしばし見つめた揚羽蝶は……
「わかったよ、芹沢…」
 ありがとう、と呟くと、華奢な脚で歩き始めました……愛する相手の、もとへと。

《揚羽蝶と人間》

 片羽の高槻は、バランスがとれずに何度となく転倒しながらも…気の遠くなりそうな時間をかけて、人間がテントをはっている所までやって来ました。
 羽のちぎれたあとは焼けつく様に痛むし、もともと長く歩く為のものではない脚も、ズキズキとして折れてしまいそうです。
 それでも、高槻は……薫に会いたい一心で、ここまで辿り着いたのです。
 薫は数日間の予定を終え、テントを片付けているところでした。
(私は…間に合ったのか?)
 安堵のあまりその場に座り込んだ高槻に、ふと薫が視線を投げ…驚いた様に目を見張ると、そちらの方に歩み寄りました。
「おまえ…どうしたんだ、その姿は…?」
 差し出してくる指先にそっと縋りながら、高槻は薫を見上げました。
「そんな様子じゃあ、もうここでは暮らしていけないだろう。……私と一緒に来るかい?」
 高槻をとまらせた指を、まるで目をあわせる様に顔の前まで持ってくると、薫は優しく声をかけます。
「おまえ程…艶やかな模様の羽の、優雅に飛ぶ蝶はいなかったのに…」
 いたわりの気持ちにあふれた声を浴びながら、高槻はゆっくりと自分で自分の肩を抱きしめました。
(……ああ……もう、十分だ……!)
 自分を籠に入れる為に荷物の方へ戻る薫に、通じないのは知りながらも、高槻は語りかけずにはいられませんでした。
「私が死んだら、標本にして下さい…傷物で価値がないのなら、あなたが褒めてくれた、この羽だけでも…。片羽だけでも、あなたの傍にずっといられるなら、私は……」
 ……それから二度と、アリの兄弟と揚羽蝶が会う事は、ありませんでした。

                             《完》


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