投稿(妄想)小説の部屋

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No.176 (2001/02/08 00:54) 投稿者:ZAKKO

ふぁーぶる。1

《アリとキリギリス》

 とある森の、片隅。陽の光もあまり射さない様な草むらに、一匹のキリギリスが住んでいました。
 彼の名前は、健。
「そろそろ、仕事を覚えてもいい頃だろうが。フラフラするのも、いい加減にしとけ」
 遊び人が多いキリギリスのご多分にもれず、同居している突然変異の勤労キリギリス・江端の声にも耳をかさずに毎日を楽しく遊び暮らしている、ちょっとヤサグレた色男です。
「気が向いたら、な」などと言っているうちに、季節はいつの間にか冬へと移り変わっていました。
 江端が秋中かかって貯めた蓄えを、あっと言う間に食べ尽くしてしまった健は、
「こんなんじゃ、足りねーよなぁ、江端?」
「……もうこの辺には、餌になる様なモンはねぇぞ」
「この辺になきゃ、どっか行ってとってこいよ」
 ズルそうな笑みを浮かべ、江端を食料調達へと追いやるのでした。
 しかし、ただでさえ食べ物の少ない季節……その上、他の生き物達も秋から蓄えに精を出していた為、江端はなかなか帰ってきませんでした。
 健は空腹に耐えられず、この辺りでも働き者と評判の貴奨アリの家を訪ねました。
「なんか、食いもんわけてくんねーか? 後で必ず返すからよ」
 息も絶え絶えの健に、しかし貴奨は冷たく言い放ちました…。
「遊んでばかりいた者にくれてやる食料など、無い。君は『因果応報』という言葉を知らないのか?『働かざる者食うべからず』、でもいいがな」
「そんな事言わないで下さいよ…『困った時はお互いさま』って言葉もあるじゃないですか、貴奨さん?」
 貴奨がドアを閉めようとしたところに「ガッ」と靴の先を割り込ませ、ニヤニヤと笑う健。
「……どこまで図々しいんだ、君という男は」
 その仕草を見た貴奨が苦々しく呟きますが、勿論健には全く応えません。かえって、
「そりゃどーも。誉め言葉ですよねぇ?それ」
 などと、笑みを深くする程でした。
 そこへ、後ろの方で様子を伺っていた子アリ・慎吾が、貴奨の服の裾を引っ張って言います。
「貴奨、可哀相じゃないか……そんな意地悪な事言わないで、食べ物わけてやれよ。うちには沢山あるじゃないか」
 つぶらな瞳で兄を見上げる慎吾を見た健の目が、キラ、と光りました……。

《キリギリスと子アリ》

 数日後。散歩をしていた子アリの慎吾は、かすかに漂ってくる甘い匂いにつられ、ついついテリトリーを外れて遠出をしてしまいました。
 辿り着いた先にあったのは……何と、自分よりも大きな角砂糖です。
「?? 何だろう、これ?」
 初めて見るソレからは、とてもいい匂いがしたので、慎吾はおそるおそる齧り付いてみました。
 途端に口の中に広がる甘さに、まるい目が更にまんまるになります。
「うわっ、これすっごくおいしいっ!」
 貴奨にも食べさせてやろう……そう思った慎吾は、苦労して角砂糖の一角をくずすと、かけらを抱えて歩きだし……
「……ここ、どこ?」
 ハッ、とした様に、辺りを見回しました。甘い匂いに夢中になって、いつの間にか全然知らない所まで来てしまった事に気付いた慎吾の目に、じわり、と涙が浮かびます。
「どうしよう…俺、帰り道わかんないよ…」
 その時です。俯いてしまった慎吾に、草むらから声がかけられました。
「よぉ。……こないだは、ドーモ」
 声の主は、先日兄を訪ねてきた若いキリギリスでした。
 食料の礼を言われたんだ、と思った慎吾は、慌てて首を振りました。
「いえっ、いいんです! あれくらい…」
 貴奨と、兄の友人である揚羽蝶・高槻以外の年上の男性とはあまり話した事のない慎吾は、微笑みながら近付いてくる健に、すっかり目を奪われてしまいました。
 健には、華やかな羽で優雅に空を舞う高槻とはまた違った…ちょっと危険な感じの色気があって、子アリの慎吾はドキドキしてしまいます…。
 そんな慎吾に、健は笑顔のまま言いました。
「あれくらい…ね。そーだよなぁ。おまえ、『可哀相』な俺に、食いもん『恵んで』くれたんだもんなぁ?『うちには沢山ある』んだから…ってよ」
 驚いて目を見開く慎吾にスッ…と顔を寄せると、健は優しい声で続けます。
「でもなぁ。そりゃ、おまえじゃなくて…『貴奨さんが集めた』ヤツなんだよ。わかってっか?ガキ」
「……!」
 何も考えずに言ってしまった自分の言葉を思い返し、みるみる真っ赤になった慎吾に、健はいっそう…鼻がつきそうな程に顔を近寄せて、言いました。
「俺りゃ、そーいうのは大ッ嫌いなんだよ。……このまま、食っちまうか? おまえなんか食ったって腹ァふくれねぇが…俺は悪食だからな」
 動く事も出来ずに、かたく目をつむった慎吾の唇に、健のそれが重なろうとした瞬間……
「その位で、許してあげてくれない? その子は私と芹沢が、大切にしてる子なんでね」
 上から降ってきた声に、健が弾かれた様に顔をあげました。


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