弧月愁々-続き-
「俺の後ろに誰を見る!」
たたきつけるように叫び、立ち尽くしたままの桂花の前に立ち、白刃をつきつける。
心臓に向けられた切っ先を、桂花は逼迫した状況にもかかわらず、むしろ不思議な思いで見つめた。視線をそのまま白刃の上をなぞらせ、柄を握る手に移す。
少し前まで桂花の指先を握ることでしか手をつなげなかった紅葉の様な手は、幼さを残しつつも、剣だこのできた力強い男の手になっていた。
「・・・・」
視線はそのまま長くなった腕をなぞり、広くなった肩に移り、のど仏の現れた首筋に走った。そうして、桂花はカイシャンの顔を見た。
怒りと悲しみがないまぜになった、痛みにも似た表情を浮かべたそれは、すでに一個の雄としての相貌をそなえていた。
(いつのまに)
それが正直な感想だった。死人となった桂花に、時の移ろいも成長という現象もすでに無縁のものだった。だが、カイシャンに関わるようになって以来、日に日に成長してゆく彼にいつも驚かされていた。
…いつからだろう、彼の成長に眩むような強い誘惑を感じながらも、目を背けるようになったのは?
「・・・・」
答えなどわかりきっていた。わかっていて、知らぬふりをして、己の本心を騙し通して。
「カイシャン様…」
まぶしいほどの力を、その熱い血の流れる体に秘めた人間の子。
彼は、やさしい、暖かな翼の下で守られる雛鳥ではなく、己の足で立ち、己の未来を掴み取るだけの体と意志がそなわりつつある、一個の雄になっていた。
彼は、すでに守り手が必要な、子供ではないのだ。
その事実にいまさらながら驚かされて、桂花は呼びかけたまま口をつぐんだ。彼がここまで成長していたというのなら、桂花がとるべき行動はひとつだった。それは、最初から決めていたことだった。
桂花はカイシャンと視線を合わせたまま、胸のうちでつぶやいた。
離れなければ。