通りにて 2 (中)
「鷲尾さん、アイスクリーム食べたくないですか?」
「いや、別に…」
笑顔全開の絹一に、訝りながら鷲尾が応える。
「そうですか? でも俺は食べたいんです」
「だからなんだ?」
「買って来てくれませんか?」
いつもより強気な様子の絹一に、鷲尾は押され気味だ。
「なんで俺が…」
「もっと甘えろって言ったの、あなたじゃないですか」
「だからって、俺はロシア語はしゃべれないんだぞ」
「知ってます。でもアイスクリーム買うのに必要な単語は3つだけです。ダイチェ、パジャールスタ、エータ。あとは好きなの指さしてにっこり笑えばいいだけです。あなたも食べるようでしたら、ピースサインを出せばばっちりです」
ピースサイン、つまりは2つ、という意味らしい。
「………おい」
「ありがとうはスパシーバ。もう覚えましたよね? はい、お金」
「………」
昨日の仕返し、ということなんだろうな…。仕方なく鷲尾は露店に向かって歩き出した。
だがしかし。勿論このままやられっぱなしの鷲尾ではない。
哀れ絹一。鷲尾がやられたらやり返す性格の持ち主だということを忘れたのか。
そしてこういう状況を楽しむ男なのだ。鷲尾は。それをすっかり忘れている絹一はやはりどこか間が抜けていて、鷲尾にとっては赤子の手を捻るようなものなのだ。
「絹一」
鷲尾はチョコレートだと思われる色のアイスクリームを、絹一に言われた通り笑顔つきで買い釣り銭を貰い、颯爽と絹一の元に戻ってきた。
一発本番に強い男、鷲尾香。
しかし絹一は勿論、鷲尾が慌てふためくのを期待していた訳ではなかった。
鷲尾がこれくらいのことをスムーズにこなすのは分かっていた。それでも少しだけ昨夜の抗議をしてみたかったのだ。あとは純粋に鷲尾が買ってきたアイスクリームが食べたかっただけ。
ロシアのアイスクリームはおいしい。ロシアに行ってアイスクリームを食べて来なかった馬鹿はどいつだ、と言われるほどおいしいのだ。ひとりよりふたり。
そう、絹一には純粋な気持ちしかなかった。