通りにて 2 (前)
絹一は機嫌が悪かった。朝から何を話しかけても返事をしてくれない。
数歩前を歩く絹一の背中を見つめながら、鷲尾は小さなため息を吐いた。
……少し魔が差しただけなのだ。抵抗などせずほいほいと受け入れてくれればいいものを、予想通りの反応を返してくるから、こっちだって楽しくなってしまうのだ。だから少々エスカレートしてしまっただけの話で…。
ちょっと目隠しをしてみて、嫌がったからちょっと手首も拘束してみて、そしてちょっと終わりを長引かせただけだろう…。そうぶつぶつと心の中で呟いてみても、絹一の機嫌がよくなる訳では決してない。
半ば意識を失うように眠りについた絹一は、つい先程、鷲尾の腕の中で目が覚めたことが気に入らないように鷲尾に一瞥をくれ、さっさとシャワーを浴びて部屋を出ようとした。
「おい、どこ行く気だ?」
「しばらくあなたの顔は見たくありません。散歩してきます」
髪も半乾きのまま出て行こうとする絹一を、鷲尾は身支度を整え慌てて後を追った。
顔を見たくないからって何故散歩なんだ…。自分の部屋に帰って鍵でも掛けた方がよっぽど確実だろうが…。
それに散歩に行くと知れば、鷲尾がついて来るということは考えないのだろうか。怒髪天をつく(?)勢いの絹一の頭には、自分の部屋のことなどこれっぽっちも浮かんでこないらしい。頭は切れるくせに、どこか抜けているのだ、この愛しい恋人は。
部屋に帰れば、と助言してやることも出来るが、それもただ絹一の機嫌を損ねるだけなので、賢明な鷲尾は勿論口にはしない。
しばらくすると、無言で鷲尾の前を歩いていた絹一が、いきなりくるりと振り向いた。