投稿(妄想)小説の部屋

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No.158 (2000/12/27 13:23) 投稿者:皐月

通りにて (前)

 3日目、ふたりが動き出したのは昼近くなってからだ。
 ホテルのレストランで軽くブランチをとって街へ出掛けた。
 ホテルは大通りから5分足らずのところにある。この街でのランクは一番だが、中身は日本のビジネスホテル並だ。
 ぶらぶらと街を眺めながら、ゆっくりと歩く。
 そんなに大きな街ではないから、街の中心を走る通りは端から端までどんなにゆっくり歩いても40分程度。
 その間広場が2つ、公園も3つほどある。歩道が広く、そこには幾つもの露店が広げられている。
 それに平日の昼は人が少なく歩いている人も歩調はゆるやかだ。
 天気もいい。
 3月も半ばにもなれば雪はほとんど降らず、太陽が出ている事の方が多い。
 降ったとしても日本では決してお目にかかれないような完璧なパウダースノーで、傘を持つ人はいない。
 それら全てが穏やかで、日本では感じられない豊かさだった。
「どうです? ここは」
 絹一も穏やかな口調で聞いてくる。久しぶりに見る恋人の優しい笑みに、鷲尾の口元も緩む。
 …とは言っても。
「手が痛い…」
「当たり前です。俺の言うこと聞かないからです」
 さっきの笑顔とは一転、絹一はキッと横目で鷲尾を睨んだ。
 1月の電話の最後、手袋は必ず持って来て下さいね、と鷲尾は何度も念を押されていた。
 手袋なんて、と馬鹿にした鷲尾が馬鹿だった。ホテルから出て小一時間もしない内に、手はかじかんで動かなくなってしまった。ポケットに突っ込んでいても暖かくはならない。冷たいのではない、痛いのだ。気温はマイナス。当たり前だ。
 要るようなら向こうで買えばいいと言う考えも、もう冬物なんてありませんよ、と絹一に一蹴されてしまった。日本だってそうでしょうと言われ、鷲尾は初めて気付いた。
 後悔先に立たず。鷲尾は両手の痛みと引き換えに、この言葉の意味を知った。


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