太陽に吠えたあぶない刑事たち〜思惑2〜
「向井くんと江端くんには、温室にて<赤紫のバラ>を警備してもらう」
集会後、書類に目を走らせながら、貴奨は二人にそう告げた。
健はよっしゃっと指をならした。逮捕する確率が高い場所に配置されて、気分は上々だった。
今度こそは逃がすものかと自分を奮い立たせる。
「なぁ、俺は?」
慎吾が貴奨の顔を覗き込む。
「健さんの相棒は俺だろ? 俺も健さんと行きたい!」
「駄目だ。お前は俺と外の警備を固める」
それにお前がいたところで大した役には立たないだろうからな、と付け加える。
「そんなことないっ! 俺だって…」
慎吾の言葉を遮るように、貴奨は駄目だと短く言った。
その突き放した言い方に、慎吾はぐっと唇を噛み、拳を握っている。
心配だから側に置いておこうとしているくせに、と高槻は貴奨の兄バカぶりに、口元を綻ばせた。
が、貴奨の気持ちもわからない訳でもなかった。
「慎吾君、外から先輩たちの動きを見ておくと言うのも勉強になるかもしれないよ?」
高槻はさりげなくフォローに回るが、慎吾はその言葉にも納得ができないようだった。
きつく握りしめた指先からは血の気が失せそうになっている。
刑事になってから、相棒は健ただ一人だった。健は刑事として最高だったし、動きに迷いもない。
その健の側にいることこそが自分にとって最高の刑事への近道だと慎吾は思っていた。
大三元を逮捕すれば、昇進するのは目に見えている。
自分がサポートに回って、健にどうしても大三元を逮捕させてやりたかった。
自分だって役に立てると健にも貴奨にも見せてやりたかった。
いつまでも守られてばかりいる子供ではないのだと。
大三元の予告はチャンスだったのに、それが今回に限って。
「貴奨さん」
慎吾の様子を見るに見兼ねた江端が一つの提案をした。
「俺が健とコンビを解消してから、かなりの時間が立つし、それよりも慎吾がコンビを組んだほうが健も動きやすいと思うんですが…」
嘘をつけ、と思いながら貴奨は江端の提案を黙って聞いている。江端と健は高校からの付き合いらしいし、それに、この二人のコンビは東部では最強と言われてきたのだ。
ただ、この二人ばかりが突出しても後が育たないという理由から、署長がコンビ解消を決めてしまった。
そして江端の後釜にやっと座ったのが、駆け出しの慎吾というわけだった。
その二人がたかが数年離れたところで、呼吸を忘れるはずがない。
離れていてもお互いの動きは分かっているような奴らなのだから。
よけいなことを、切れ長の目で睨みつけるも、江端は少しも気にしない様子で後を続けた。
「それに、初めから俺は外を警備するつもりでこの屋敷の回りの地形を頭に叩き込んできましたから」
「邸内に入ると、その情報が使えなくなると?」
「無駄足になるってことは確かですね」
「そこまで言われてはしょうがないんじゃないか? 芹沢」
高槻の言葉がとどめとなった。貴奨はため息を一つつくと、わかった、と呟くように言った。
「向井くんと慎吾で<赤紫のバラ>の警備にあたってもらおう。江端くんは外の警備を」
慎吾は了解っ! と敬礼すると、健の顔を嬉しそうに見上げた。
「足、ひっぱんなよ」
慎吾の頭にくしゃっと手を置くと、健は笑って言った。
「いつも、引っ張ってないじゃないですかっ!」
そうだっけか? と健は笑ったまま慎吾の身体を抱き寄せる。
そんな二人の様子を苦虫を潰したような顔で貴奨は見つめていた。
「とーぜん、俺は<赤紫のバラ>の警備だろうなっ」
二葉が城堂の顔に息がかかるほどの距離ですごむ。
二葉が健を意識しているのは明らかで、なにがなんでも健には負けないと対抗意識を燃やしているのがはたからみてもわかった。
「二葉、落ち着け」
二葉に迫られて後ろは本部テントでもう後がない。手で二葉の胸を押し返すが、そんなもので引くような二葉ではない。
よりいっそう城堂に顔を近付けて鼻息荒く、迫った。
「この後におよんで、俺を警備から外すなんて言うなよ?」
誰も外すなんて言ってないってば、と忍が二葉と城堂を引き離そうと後ろから抱きつく。
が、それもあまり効果はない。
「何、そんなにムキになってるんだよ〜っ」
忍を手伝おうとして桔梗が忍に抱きついて引っ張る腕に力を入れる。
が、逆に力を入れすぎて、すぽんっと桔梗の腕から忍の体が離れ、勢いあまって派手にしりもちをついてしまった。
「うえっ、卓也〜〜、痛いよ〜〜っ」
目に涙を浮かべながらお尻を摩っている桔梗の腕を卓也は掴んで立たせた。
「これくらいで、泣くな!」
「だって〜っ!!」
ほんとに痛いんだもん、と卓也に体を預けながら、桔梗はまだ打ったところを摩っている。
桔梗がそんなことになっていても、二葉の勢いは止まることを知らず、城堂の背広を掴んでほとんど押し倒そうとしている。
背中に忍をぶらさげて、鼻息荒く二葉が城堂に迫っている光景は、どこか可笑しかった。
が、こんな状況を他の警察署に見られるわけにはいかない。
キレ者と評判の城堂の片腕である一樹が二葉と城堂の間に割って入る。
「二葉、とりあえず離れて。それじゃ話もできないじゃないか」
二葉も兄である一樹に言われて、渋々城堂から離れる。
署内では影の実力者とも噂されている一樹の一言は今の二葉にとって何よりも重い。
言うことを聞かないと本当に<赤紫のバラ>の警備から外されかねないからだ。
二葉から解放された城堂は、ネクタイと体勢を立て直し、コホンとせき払いを一つすると、一枚の紙を読み上げた。
「じゃあ、配置を言うぞ。卓也と桔梗は、外の警備にあたってくれ。詳しいことは東部の芹沢君が決めているはずだから、彼の指示に従うように。二葉はご希望どおり忍と、<赤紫のバラ>の警備を頼む。おそらく東部は向井くん、北部は鷲尾くん、南部はアシュレイくんが来るだろうから、彼等とも協力してやってくれ」
健の名前を聞いたとたん二葉の眉がピクンと動いた。さっき、忍が健を誉めたことをまだ忘れていないようだ。
その少しの表情の変化を忍と一樹は見のがさなかった。
しつこいんだから〜、と内心ため息をつきつつ、二葉の耳もとでそっと囁いてやる。
どんな刑事がいたって、二葉が一番だよ。
その一言で二葉のやる気は十二分に膨張されたのだ。