太陽に吠えたあぶない刑事たち〜思惑1〜
「遅くなって申し訳ありません」
うつむいてしまったアシュレイの背後から声がした。
「桂花、どこへ行ってたんだ?」
「守天殿の頼みごとをかたずけていたんですよ」
「悪かったね、桂花」
「いえ、まとめたものはこちらに。ところでどうしたんですか?」
この沈み切った空気を察知して桂花が訪ねる。柢王とティアは顔を見合わせ、ごまかすことを決めた。
「いや、なんでもないんだ」
「なんでもないという、雰囲気では…」
「桂花、本当になんでもないんだ。…頼んでおいたことだが、大体の見当はついたのか?」
ティアの無理矢理、といってもいいほどの話題変えに柢王は内心冷や汗ものだったが、アシュレイの気持ちを考えると、誰彼かまわずに、話せる内容ではなかった。案の定、アシュレイはそっぽをむいてしまっている。
「今までの、大三元の盗みに入った家、美術館の警備員の数、警報装置の有無、その時の天候を抜き出して統計をとったところ、やはり空が有力ですね」
「なんの話だ?」
柢王がティアと桂花の顔を見比べながら、ティアに渡された書類を覗き込みながら聞く。
「これまでの大三元の盗みの行動を集計して、今回使われるだろう脱出ルートを桂花に調べてもらったんだ。その結果、『空』が一番有力だ、ということさ」
空かぁ〜、と柢王は頭上に輝く月を見上げながらため息まじりに呟いた。
「空なんて、どうやって捕まえるってんだ? ヘリを用意してるわけでもないし、俺達に羽が生えてるわけでもないしなぁ〜」
「…だろうが…」
「え? なに、アシュレイ」
うつむいていたアシュレイが再び拳を握って低く声を出した。顔を上げたアシュレイの瞳は燃えるように赤くて。
「空だろーがなんだろーがっ今度こそ絶対とっ捕まえてやるって言ってんだよっ!!」
そう叫ぶと、アシュレイはひとり<赤紫のバラ>の保管されている温室へと向かっていった。
「どうしたんです?」
「だから…絶対大三元を捕まえるっていう決意表明、だろ?」
桂花の肩に軽く手を回し、柢王はあくまでしらを切り通した。
その様子を横目でちらりとみながら、ティアはこれからの作戦を考えはじめていた。
「みんな、集まってくれ」
東部警察の捜査1課長 芹沢貴奨の声が庭先に響く。
東部、北部、南部、西部の刑事、制服警官たちはいっせいにそちらを向いた。
「今回の捜査に関して4警察合同ということになったが、陣頭指揮を西部警察の城堂課長にお願いした。事前に課長会議を開いて今後の捜査の進め方、配置等は決めてある。その旨は後で各課長より話があると思うが、その前に、城堂課長より一言頂きたいと思う。城堂さん、お願いします」
その声に、あまり乗り気ではない城堂が前へ進みでた。
「俺が陣頭指揮をとることは年長ということで決まった。それぞれの警察署に思惑はあるだろう。だが、この際、それは横に置いて、大三元逮捕だけに集中してほしい。よろしく頼む」
少し離れた木にもたれながら、健はゆっくりと煙草をふかしながらその様子を見ていた。
「横に置いてってか。そういうわけにはいかねーってんだよ。やられっぱなしってのは性にあわねぇからな」
城堂が言葉上、そう言っていても各警察署の思惑は消しきることはできない。
他の警察署,署員をひきずりおろしても我先に、と大三元に向かっていくだろう。
どういう配置になったとしても、最終的に大三元に手錠をかけるのも自分だと思っている。
上層部が本当に大三元を逮捕したいと思っているのなら、自分を要の警備にあたらせるはずだ、とも思っていたが。
「健」
暗闇から出てきた江端が健に近寄る。
「どーこ行ってやがったんだ、このクソ忙しいときに」
「この近くの地形を調べてきた。…城堂さんが指揮をとることになったのか」
「ふん。それぞれの思惑は横に置いて、だとよ。自分とこも思惑だらけなくせしやがって、なぁ」
警察署員を前に、話を続けている城堂に目をやりながら、江端は各警察署の警官たちにも目を走らせた。
どの警官達もやる気がみなぎっている。制服警官だろうが、逮捕さえすれば、2階級特進ぐらいはいくだろう。
それを目当ての奴もいるはずだ。
「あの金髪の若いの、いるだろ」
唐突に健が顎をしゃくって江端に教える。
「ああ、東部の二葉・フレモントという刑事だな」
「あいつがさっきから俺にガンたれやがって、可愛くねーのなんのって」
くつくつといかにも楽しそうに笑って健が言う。
楽しんでいるくせに、と江端は思っていたがあえてそれを口にはださない。
「なにかしたのか?」
「なんも。ただ、あーいうの見ると、ちょっかい出したくなんだよなァ」
健は相変わらず笑って煙草をふかしている。
江端は黒い群集の中でひときわ光っている金髪に目をやった。
身長は、かなり高い。180を越しているだろう。敏捷そうな体つきをしている。今は嬉しそうな顔をして茶色の髪をした小柄な刑事の背中に手を回している。
あの茶髪が池谷 忍か、と思った一瞬二葉と目があった。ただこちらを見たというより敵意丸出しの視線のように感じた。
大三元の逮捕に支障をきたさなければいいが、と江端はまだ楽しそうに笑っている健に目を落として静かに息を吐いた。