投稿(妄想)小説の部屋

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No.145 (2000/11/04 00:08) 投稿者:たまっち

baby(1)

 川原町にある小さな産婦人科医院、待合室。
 今日もお腹の大きな妊婦、妊夫達が幸せそうに診察の順番を待っており、それぞれ和やかに語り合い、互いの経過を報告しあっていたりする。

 忍は今日も二葉と一緒にやってきたのだが、二葉は今席を立っており、話相手もなく暇を持て余していた。ふと隣を見ると、そこに座るのが自分と同年齢くらいの年若い男性だと気付き、声をかけてみることにした。
 忍「何ヶ月ですか?」
 それまで暇そうに雑誌を眺めていた男は、話し掛けられて嬉しそうに顔を上げる。
桔梗「まだ四ヶ月。君は?」
 忍「もう7ヶ月なんだ」
桔梗「あれ、それにしては全然目立たないね。これは俺もなんだけど、
   君も腰が細いから、あんまり太らないようにって言われてるの?」
 忍「ううん、俺じゃなくて…」
 忍は照れたように奥の廊下の方を見ると、膨らんだお腹を大事そうに抱えた金髪の大男が、ハンカチで手を拭き拭きトイレから出てきた。
 忍「二葉、そこの荷物に気をつけてね」
 待合室の端に腰掛けていたカップルの鞄が二葉の足にかかりそうに見えたので、忍は慌てて大声を出す。
二葉「だいじょーぶだって。忍も大概心配性だよな」
 ひょいと跨いで戻ってきた二葉は呆れたように笑う。
忍「そんなこと言って、二葉ったらまだ二人で歩いてると
  俺の荷物持とうとするし、この前も因縁つけてきた奴と
  喧嘩しそうになったでしょ。妊夫としての自覚が足りないんだよ」
二葉「ごめん。気をつけるってば」
 頭をかく二葉に、忍はしょうがないなと肩をすくめる。
桔梗「仲がいいんだね」
 にこにこと微笑み、桔梗もペンダントのロケットを開けて愛しの卓也の写真を見る。
二葉「へ〜、いい男じゃん」
 後ろに回って覗きこむ二葉を、忍は「失礼だよ」と言って引っ張ると、桔梗は笑って首を振った。
桔梗「いいんだ。褒めてもらって嬉しいし」
 忍「今日はご主人お仕事?」
桔梗「彼、単身赴任なんだ」
 顔を曇らせる桔梗に、忍は不用意な事を聞いたことを後悔する。
 忍「寂しいね…」
二葉「でも出産の時には帰ってきて立ち会ってくれるんだろ?」
桔梗「どうだか…。いつも仕事が忙しいって、もう一ヶ月も顔を見せてくれないんだ」
 忍達が困った顔をしているのに気付き、桔梗は慌てて謝る。
桔梗「ごめん、愚痴なんてこぼしちゃって」
二葉「いや、お互い初めての出産だし、戸惑う事だって多いよな。
   実際ストレスもたまるだろう? 俺達も話くらい聞くから、一緒に頑張ろうぜ」
 そう言ってにっと笑うと、暗い顔をしていた桔梗もつられたように笑みをこぼした。
桔梗「ありがとう。でも電話は毎日かけてきてくれるんだ」
二葉「へえ、毎日……」
桔梗「うん。この頃はいつも開口一番、もうお腹は動いたか、だってさ」
 桔梗は「気が早いんだから」と言いつつも、嬉しそうだ。
忍「ご主人嬉しくて仕方ないんだね」
桔梗「そうみたい。電話でもまずお腹の子に話し掛けるんだよ。
   聴診器を俺に買わせて、受話器をお腹に当てろって言うんだ。
   今から父親の声を覚えさせるんだって」
二葉「いいな…。忍、今度俺達もやってみようぜ」
 その気になった二葉は、早速雑誌を丸めて自分の腹部に話し掛けている。
桔梗「卓也ったら、向こうでは離乳食を作る練習なんかもしてるみたいで、
   擦りりんごと擦りバナナの絶妙な配合率を見出したって、自分でも
   毎日食べてるみたい。あと、一週間に一度はベビー商品の新製品
   買って送ってくるし、いくら俺んちが広くてもそろそろ入りきらない
   くらいでさ」
 桔梗は、二葉がひたすら自分のお腹に「忍は可愛いぞ!! 早く出ておいで!」と叫んでるのも眼に入らないように、卓也の新米パパ予備軍ぶりをとうとうと並びたてる。
忍「君達こそ仲がいいんだね」
 忍がにこにこと言うと、桔梗はふと顔を曇らせ「それはそうなんだけど…」と、溜息をつく。
桔梗「これでせめて一週間に2回は帰ってきてくれれば
   言う事ないんだけどね」
二葉「北海道から…?」
 二葉は思わずペンダントの写真の中の卓也という人物に同情する。
 忍「ご主人が傍にいるみたいにはいかないだろうけど、出来るだけ力になるよ。
  俺達も仲間がいたら色々と心強いし、相談し合おうね」
桔梗「うん。ありがとう、よろしくね」
 そうして彼らは改めて自己紹介し、電話番号を交換し合った。
 桔梗もやはり同じ境遇にいる友人もいなくて心細かったらしく、心なしかさっきよりも顔色が明るくなったようだった。
桔梗「ところで、金髪の彼…二葉が産むのって、よく意外に思われない?
   そりゃあ、彼の方が頑丈そうだからいいとは思うけど、
   妊娠しそうなのは実際どう見ても…(もごもご)、いや、失礼だったね」
 そうして桔梗が意味ありげに忍の方を見ると、2人は目を見合わせ、忍は一気に赤くなる。
二葉「どうしても俺が生みたかったんだよ。出産なんかして、
   忍に万一の事があったらいやだし。それに…、忍の子供が
   腹の中にいるって、すごい幸せな事だろ。
   それで俺が頑張って忍を説得して、俺が妊娠するってことになったんだ。
   それからは、……2人でイロイロと頑張ったんだよな」
 二葉は何事かを思い出したようににんまりと笑う。
 忍「もう、二葉ったら!」
 更に真っ赤になった忍が二葉をどんと突き飛ばすのを見て、桔梗もなんとなくにんまりする。
桔梗「愛されてるね〜」
二葉「当然」
 忍はそう言って自分を抱きしめてくる二葉を睨んでみせるが、その目は優しい。
 忍「俺だって産んでみたかったんだけど、結局二葉の熱意に押されちゃって。
 でも二葉ってば、妊娠したって分かったら、その日から編み物の本を
  何冊も買って来て、毎日徹夜して作りまくってるんだよ。
  今じゃ、毛糸の靴下らしき物が50足、帽子らしき物が30個、
  あと、どう見ても七歳児用くらいの大きさの腹巻らしき物と、
  手袋らしき物とか、12歳用くらいのセーターらしき物とか、
  不恰好な毛糸の物がそれこそ家中に氾濫してるんだ。
  しかもまだ新しいものを作り続けてるんだよ」
二葉「大きさがコントロール出来ねえんだよな。いいじゃん、
   どうせどれもいつか使うんだしさ」
忍「着れればね…」
桔梗「俺もいくつか作ってるんだ。今度見せあいっこしようか」
二葉「いいぜ。どれか交換してみてもいいかも」
 そうして3人楽しく談笑していると、奥の方から看護婦が息せき切って彼らの方に走ってきた。
看護婦「今、ちょうど出産中の方がいるんだけど、あなたたちと同じ男性なのよ。
    すごく不安がっていて、もっと沢山の人に励まして欲しいみたいなの。
    何か声をかけてあげてもらえないかしら」
 3人顔を見合わせる。
二葉「男の身で赤ん坊を産もうっていう、俺達の仲間だぜ。
   なにか言ってやりたいじゃん。行こうぜ」
 忍「そうだね、何が出来るか分からないけど、行ってみよう」
桔梗「自分の時の参考にさせてもらおうっと…」
 3人は看護婦に連れられて奥の分娩室へと歩いていった。


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