投稿(妄想)小説の部屋

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No.146 (2000/11/04 00:09) 投稿者:たまっち

baby(2)

(分娩室)

看護婦「江端さん、同じ男性で、これから赤ちゃんを産もうっていう人達が
    あなたを励ましたいって来てくれたわよ!」
 部屋の中には、この世のものとは思えないような恐ろしげな悲鳴混じりの低い男のうめき声が読経のように充満し、ラマーズ法を叫ぶ別の男の声が絶えず響きわたっていた。
 特に苦痛を訴える男のうめき声は、あの悲惨な魔女裁判の拷問部屋を思わせるような独特な効果音だった。
 3人は恐る恐る部屋に足を踏み入れる。
 慎吾「ひーひーふー、ひーひーふー、江端さん、しっかり!」
 江端「ひ、ひーひーふ、ううっ」
看護婦「江端さん、あんまりいきまないで! あなたちょっと腹筋
    鍛え過ぎだから、下手したら赤ちゃん圧死しちゃうわよ」
 江端「は、はい! ひーひーふー、ふっううーっっ」
 心配そうに見守っていた慎吾が江端の額にびっしり浮き出た汗を拭う。
 慎吾「江端さん、辛いつわりも耐えて、大好きな腹筋も背筋もスクワットも
    500回の所を100回に抑えて今まで頑張ってきたじゃない!
    それも全部健さんとの赤ちゃんのためでしょう。
    これを乗り越えれば念願の赤ちゃんに会えるんだよ! 頑張って!」
 江端「分かってる…。ううっ、っっっーー!!」
 江端は健気に頷いていたが、ついに失神してしまった。
看護婦「まあまあ、やっぱり男の人は傷みに弱いのねえ。
    だから代理出産を頼んだ方がいいんじゃないかって薦めたのに…」
 医師「仕方がない。柢王切開に切りかえるか」
 看護婦がメスを手渡す。
 慎吾「江端さん! どんなに痛い思いをする事になっても、健さんの子供だから
    自分で産みたいって、最後まで自分の力で頑張るって、そう言ったのは江端さんだよ!」
 そう言って慎吾は白目をむいた江端の頬を往復ビンタし、それでも起きない江端にバケツに汲んだ水を思い切りぶっかけた。
 江端「…ぶっ! ぶはっっ! げほっ、げほっ、げはー!」
 慎吾「江端さん、やっぱり起きてくれたんだね!」
 江端「う、がっ!! き、気管に水が入った、苦し…
    しかも死ぬほど痛い……っっ!!!」
看護婦「あら、気がついたのね。じゃあ、帝王切開はやめておきましょうね」
 医師「よかったよかった」
 二葉達は勢い込んで入ってきたものの、緊迫した空気に圧倒されて声援の声一つかける事も出来ず、ただ部屋の隅で見守っていた。
 もの凄い形相で陣痛に耐えている江端や、それを励ます無慈悲な慎吾の姿に、自分の未来を考え、二葉と桔梗は真っ青になって自分の腹部を見つめる。
  忍「産んでくれたお母さんに感謝しなくちゃいけないね」
 忍は一人他人事で感心していた。
 二葉「忍、おまえ、自分が産まないと思って…」
 桔梗「おれ、絶対耐えらんない…」
 顔を引きつらせた桔梗がそう呟いていると、その時、耐えず聞こえていたうめき声が更に大きくなり、この世の終わりのような絶叫が響き渡った。
 慎吾「江端さん、また失神して! もう、しっかりしてよ!」
 江端は今度こそ意地でも起きないと決心してるかのように気合の入った失神具合で、慎吾が手形が残るほど平手をかまそうが、グーで殴ろうが、首をしめようが、てこでも起きようとはしなかった。
 慎吾「江端さん!! もう、根性なし!」
 二葉「お、鬼だ…」
 なんとかして目を開けさせようと奮闘する、竹刀片手の慎吾の姿が、小さい頃に見た悪夢に出てきた血まみれの鉈を持つ山姥の姿に重なって、二葉は慌てて目をこする。
 桔梗「卓也はあんなことしないよね…」
  忍「あの人カッコイイなあ、俺も頑張らなきゃ」
 慎吾を見た忍が感じ入ったように呟くと、二葉は更に恐怖に顔を引きつらせる。
 医師「困ったねえ。今度こそ切る? メスさばき、あんまり自信ないんだけどなあ」
看護婦「仕方ないですよ。赤ちゃんもまだ自力で出てくれるのは無理そうだから。
    ちょっとあなた、同意書にサイン書いてちょうだい。
    何があっても、……万が一メスが赤ちゃんの身体に当たっても、
    絶対に抗議をしませんって」
 その時、何があっても目を覚まさない構えだった江端の目がバッチリと開いた。
 江端「今度こそ頑張りますから、帝王切開は絶対に思いとどまってください」
 医師「いや、君が頑張ってくれるならそれに越した事はないんだけどね」
 慎吾「それでこそ江端さんだよ! 健さんも褒めてくれるよ」
 それから江端はふんばりが勢い余って手で掴んでいた棒を掌で砕き、痛みに飛びあがった拍子に覗きこんでいた看護婦に頭突きをかまして失神させ、思わず振りまわした足で様子を見ていた医師を蹴り飛ばすなど、一通りの破壊活動を行った後、ついに赤ん坊が頭をのぞかせた。
 慎吾「頑張って! もうちょっと!」
 医師「痛たたた。全く、これからこういうタイプの患者は手足を
    縛っといた方がいいね。江端さん、確かにもう少しだから
    頑張ってくださいね」
 鈍痛を訴える腹部をさすりながら医師がそう言うと、遠巻きにしていた二葉達も顔を輝かせて応援する。
 二葉「頑張ってください!」
  忍「ひーひーふー、ですよ!」
 桔梗「やっぱり痛いですか…?」
 そうして慎吾を筆頭に大声で応援する中、ついに元気一杯の泣き声が部屋中に響き渡った。
 医師「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
 慎吾「ありがとうございます!!」
 江端は放心して空を見つめていたが、疲れきった身体を動かし泣き声の方に顔を向け、赤黒い物体が蠢いているのを捉えて破顔する。
 その時、分娩室のドアが開き、背広姿の健が駆けつけてきた。
  健「う、産まれたのか!!」
 慎吾「健さん、来てくれたんだ!」
  健「居てもたってもいらんなくて、会議はぬけさせてもらったんだ」
 そして、健は江端の顔をのぞきこむ。
  健「江端、頑張ったな」
 目に涙をためた江端は嬉しそうに微笑む。
 江端「それより、子供の顔を見てやってくれ」
  健「そうだったな!」
 看護婦の腕に抱かれた赤ちゃんを見ると、お猿さんのような顔をした赤ん坊が元気にピチピチと飛び跳ねていた。
 慎吾「可愛いでしょ。でも健さんと江端さんの子供だから、生まれた直後なのに
    もう笑うと目がなくなるし、さっきから腹筋してるんだ」
  健「はは、ヤンチャに育ちそうだぜ。でも名前は男のを考えてなかったんだよな…」
 拓郎、栄吉、三郎、などと、早速いい名前を考える。
 江端「健吾」
 慎吾「健吾?」
 健は、女名を考えている時には全く口をだしてこなかった江端が、実は既に決めていたらしい事に気付き、ちょっと驚く。
  健「俺の健と慎吾の吾で健吾かよ。おまえの名前が入ってねえじゃねえか」
 慎吾「江端さん…」
 子供は天からの授かりものとはいえ、慎吾は江端に子供が出来て、自分には出来なかったことをかなり気にしていた。
 3人で暮すようになってからというもの、いつ誰に出来てもおかしくない状況だったのだ。
 江端はそんな慎吾を気にしてくれていたのだ。
 慎吾は出産で苦しむ江端に、ちょっと辛く当たってしまったのを後悔した。
  健「まあ、それもいいかもな」
 慎吾「ううん、健吾遥にしよう」
 江端「……けんごよう?」
 慎吾「江端さんが朗光だったら健吾朗になってもうちょっと語感も
    よかったんだけど、しょうがないよね。健吾遥。どうかな」
  健「いいじゃねえか」
 江端「健吾遥。きっと幸せに育ってくれるな」
 3人は、健吾遥と、ちょっぴり変わった名前をつけられた赤ちゃんを優しく見守り、幸せに微笑み合った。

 二葉「俺、正直言って、想像以上の出産の過酷さにめげそうになってたんだけど、
    ……やっぱり頑張ろうって、そう思ってる」
 健吾遥を抱く江端を囲み、絆を確かめ合う男たちを見て、二葉は静かに、だが力強い声で言った。
  忍「生命って凄いね…」
 彼らは、やつれ果ててはいるのに、聖母マリア様のように輝いて見える江端に感動していた。
 男が子供を妊娠、出産できるようになってからまだ日は浅い。
 実際に出産した男たちの数は少ないし、社会もそれを受け入れる体制がまだまだ整っていなかった。
 だが、二葉達は確信していた。きっと自分たちも元気な子供をこの世に生み出し、その子は世界中の誰よりも幸せになるだろう。
 そうするために、彼らは常に全力を尽くすだろうと。
 桔梗「俺も、痛そうだけど頑張るよ」
 二葉「その意気だ。一緒に頑張ろうぜ」
 それでもまだ不安を隠せない桔梗の肩を力強く叩き、忍も「生まれてくる子供のためにも頑張ろうね」と3人励まし合うのであった。

 妊夫達の未来は明るい。

(終わり)


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