麗なる君よ、彼の空を翔けよ 4
「速いね、心臓」
しばらくしてそう言われた頃には、俺も随分と落ち着いてた。
でも心臓は忙しいままだった。こんなことされて、心拍数が上がらない訳がなかった。
「心臓の音ってね、好きなんだ」
俺の心臓とは裏腹に、背中に伝わってくる一樹さんの鼓動は穏やかだった。
「安心するから」
それはひどく弱々しい声で。一樹さんはやっぱり淋しがりやなんだと思う。俺をからかってただけじゃなくて、多分ほんとに寒かったんだ。体も心も。
……卓也さんが前に言ってた。冬になると一樹さんは不安定になるって。そういう時は大目に見てやってくれって。
「ごめんね。びっくりした?」
びっくりした。俺は小さく肯いた。
ごめんねと、もう一度声が返ってくる。
抱きしめてあげたくて、その代わりに俺は目の前で交差している一樹さんの腕に顔を埋めた。
抱きしめてあげたいのに、俺には何も出来ない。ただこうして体温を分けてあげる事しか出来ないんだ。でも凍えた体も心も、俺じゃ溶かしてあげられない。
そう思うと泣きたくなってくる。泣きたいのはきっと一樹さんの方なのに。
会った事もない城堂さんが憎くて。こんなに一樹さんは寒がってるのに。どうしてこの人を置いて行ったの…! 思い切り責めて詰って…。
自己満足だって分かってる。城堂さんが好きで一樹さんを置いて行ったんじゃないって事も。
でも一樹さんが消えてしまいそうで切なくて。隣にいない誰かを、この人は全身で欲しがってる。
「ごめん、忍。泣かないで。大丈夫だから」
泣きたくなんかなかったのに、喉が詰まって何も言えない。ただ首を振る事しか、俺には出来ない。
「あの人の夢を見てね…。少し淋しかっただけだから。大丈夫だから」
城堂さんの名前を口にしなくても、この人がなんでこんなに弱ってるかなんて、俺にだって分かる。
分かってても、城堂さんに関する事で俺が一樹さんにしてあげられる事とか言ってあげられる事って何もない。