麗なる君よ、彼の空を翔けよ 5
多分この人は卓也さんの事も、二葉や小沼や、…もちろん俺の事も愛してると思うけど、それだけじゃだめなんだ。
与える事は最高の快感なんだとこの人は言うけど。与えてるだけじゃ、愛してあげるだけじゃだめなんだ。きっと苦しくなる。
どんなに格好よく強く見えても、この人はこんなに脆い。強がってないと、きっと生きて行けない。もう逃げ場はなくなってしまったから。
「忍」
促すようにぽんぽんと頭を叩かれる。腕の囲いはもうなくなっていた。
「さてと。そろそろ行かないとね」
一樹さんはもういつもの声で。さっきまでの頼りない雰囲気もなくなってる。
「忍も一緒に行く? …あぁでも、もうちょっとここで休んでおいで。目が真っ赤だ」
先に立ちあがった一樹さんは腰をかがめ、俺の顔を覗き込んでそう言った。
綺麗な優しい笑顔で。
「…俺も行きます」
何となく側にいたかった。
俺も一樹さんみたいに綺麗に微笑もうと思ったけど、それは失敗に終わった。俺のはただの泣き笑いだった。
「そう?」
一樹さんは俺が立ち上がるのを手伝ってくれる。ついでに涙も拭ってくれながら、一樹さんは言った。
「俺のために泣いてくれてありがとう」
もう一度綺麗に微笑んで、一樹さんは事務所を出て行った。
そんな一樹さんの言葉と表情で、この人の中では、城堂さんの事はもう、決着は着いているのかも、そう思った。何となくだけど、そういう笑顔だった気がする。
…ただ時々、今日みたいに淋しくなってしまうだけで。
そんな事を考えながら、一樹さんが出て行ったドアをしばらく見つめていた。
「…っと、俺も行かなきゃ」
慌てて後を追うと、ドアの外では一樹さんが俺を待っていてくれた。
「行こうか」
未来への、一歩のような気がした。
<終>