投稿(妄想)小説の部屋

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No.136 (2000/10/11 10:51) 投稿者:Shoko

太陽に吠えたあぶない刑事たち〜現場到着編・北部警察〜

「異様な活気に満ちあふれてるな」
 鷲尾が北部警察のテントの前で他の3警察の様子を伺いながらぽつりと言った。その隣で同じように他のテントを見ながら絹一が答える。
「そりゃあ、大三元を逮捕したとなれば、警視総監賞ものですからね。みんな狙ってるんじゃないですか? 鷲尾さんぐらいですよ。やる気がないのは」
「俺はどこが逮捕してもかまやしない。逃がさずに逮捕できりゃな。昇進にも興味ねぇし、本庁に帰りたいとも思ってないしな」
 ぽっかりと浮かんだ月を見上げながら、鷲尾は言った。今日は満月だ。辺りは青白い光に包まれていて、適度に明るさがある。
 盗みに入るには少しばかり明るすぎる夜だった。
「ほんと、欲のないひとですね」
「欲ならあるぜ。なりゆきで警部補にはなったが、俺は現場で動いてるのが一番いい。現場にいられるならペーペーでもなんでもいいんだ。現場で動く俺の隣にお前がいれば、俺はそれでいい」
 さらりとくどき文句とも思えるセリフを口にして、鷲尾は煙草をくわえた。
 そしてそのまま、忘れずにいる記憶を振り返る。
 警察上部の意向や威信だの、そんなものが煩わしくてならなかった。
 そんなものにがんじがらめにされて本庁にいるときは、自由に動けなかった。
 その結果、忘れることのできない傷を自分は背負うことになった。
 自分が刑事になったのは権力を手にするためじゃない。
 少しでも犯罪を少なく、未然に防ぎたかったからだ。
 警察は事件が起こらないと動かないところがある。
 寄せられるすべての要求に応えられないというのもあるのだろうが、それでは遅い事もあるのだ。
 傷つく人間が一人でも少ないことを願うのは刑事としては失格なのか?
 何度自分に問いかけても同じ答えに行き着く。
 刑事として失格ならそれでもかまわない。
 自分はそういうふうにしか動けないのだから。
「鷲尾さん…聞いてもいいですか?」
「なんだ」
 絹一が落としていた目線を鷲尾にあわせて、ためらいながらも質問を口にした。
「課長と、あの人と一体本庁でなにがあったんですか…? 二人の仲の悪さは尋常じゃない…」
 鷲尾は絹一の質問の内容は大方予想がついていた。
 サルヴィーニが赴任してきたそうそう、あの嫌味の応酬だったし、ことごとく捜査方法、事件の見解では食い違いを見せる二人だ。変だと気付いてもおかしくはない。
 なかなか答えない鷲尾に、絹一は聞いてはいけないことを聞いたのだと思って身を固くした。
「すみません、出過ぎました。忘れてください」
「いや、かまわねぇよ。お前は知っていてくれた方がいいのかもしれないしな」
 短くなった煙草を携帯用の灰皿に捨てると、新たに煙草に火をつけた。
「本庁にいた時、ある麻薬事件を俺たちとサルヴィーニのコンビの2組が追っていた。けれどなかなかしっぽをつかませない。捜査も行き詰まっていた時、サルヴィーニたちが証拠を見つけたといって、逮捕に手を貸せと言って来た。俺はその申し出を了解した。証拠がなんであるかも確かめずな」
 鷲尾は一旦言葉を区切って、煙とともに息を大きく吐き出した。
 絹一は隣で身じろぎせずに黙って聞いている。
「逮捕したのは16才の少年だった。連日連夜、取調べが行われた。大の男が泣きを入れる程の取り調べだ。16才の少年が自白してもおかしくはない。だが、俺たちはもっとしっかり証拠を見るべきだったんだ」
「一体なにがあったんですか…?」
「証拠のねつ造さ」
「ねつ造?!」
「あぁ。なかなか解決されない事件に焦れたサルヴィーニの相棒が取り引き現場の写真を偽造したんだ。一人で張り込んでいた時に撮ったと聞いて、俺も疑うべきだった。その証拠のせいで少年は死にかけた。結局、ねつ造がバレてそいつは免職。サルヴィーニは2ヶ月の減俸、だったかな?」
「…それじゃあどうして鷲尾さんがここにいるんですか? 鷲尾さんには関係ないじゃないですか!」
「本庁に嫌気が差してたからちょうどいい機会だと思ってな。俺から申し出たんだ」
 あっけらかんと言う鷲尾の言葉に、絹一は少し面喰らっていた。
 そんなに軽く言うことなのか?
 鷲尾が左遷されたと上部にとられてサルヴィーニはそれだけの処分で済んだのではないのか?
「そんなことって…」
「サルヴィーニは自白させるのが天才的な奴でな、灰色も黒にしちまう。でも警察はそれじゃだめなんだ。白は白。黒は黒。そして灰色は白なんだよ。俺は、相手が灰色ならそいつを信じてやりたい。黒にするんじゃなくて、そいつの言葉を信じてやりたいんだ。だからあいつとはことごとくあわない。俺の場合、検挙率より事件を未然に防ごうとしてしまうからな」
 はじめて聞いた鷲尾の告白。
 そんな過去があったなんて絹一は思ってもみなかった。
 そんな秘密を打ち明けた鷲尾は、新たな煙草に火をつけている。もう、なんでもないんだというように。
 そんな相手が上司でやりにくいことはないのだろうか?
 鷲尾が昇進して、本庁に復帰とまではいかなくても警部になれば、サルヴィーニの部下から抜けだせるのではないのか?
「鷲尾さん、…俺は、足手まといになってませんか…?」
 絹一は足下に目を落としながら、いつも心の中にあったことを口にしていた。いつも先に行動するのは鷲尾の方で、体力が有り余っている彼とは違って、もしかしたら、鑑識とかの方が向いているのかもしれないと思っていたりもして。
 自分とコンビを組んでいるから、鷲尾が昇進の機会を逃しているのでは…、と不安になったりしていた。
 けれど。
「馬鹿なこというな。お前ほど俺に合う相棒はいねぇよ。お前みたいな奴が俺にはあってる。俺はときどきブレーキが利かなくなるからな」
 変な心配をするな、と頭を抱き寄せられて、絹一はゆっくりと息を吐いた。鷲尾のジャケットからは煙草の匂いがする。
 この2年間で慣れた匂いだった。緊張を表に出さない鷲尾は、時々自分の中の緊張をほぐすように煙草を吸う。
 その本数が半端じゃなくて。
「…鷲尾さん、煙草、吸いすぎですよ…」
「そうか? …予告時間が近いからな。ま、いつもの調子で頼むぜ、相棒」
「はい」
 顔を上げて絹一は迷いを捨てた顔で頷いた。

 大三元が予告した時間まであと2時間という頃のことだった。


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