太陽に吠えたあぶない刑事たち〜現場到着編・南部警察〜
南部警察のテント前では、アシュレイがイライラとした様子で立っていた。
まだ合同捜査になったことが不服らしい。
「おい、そろそろ諦めろよ」
ぽんっと後ろから柢王に頭をはたかれる。そうだよ、とティアランディアも頷く。
「合同捜査になっても、アシュレイが逮捕すればいいんだから」
「そうそう。警官も多いし、逃げ道も無くなるし、逮捕しやすい…」
と柢王の言葉を遮るように、アシュレイが叫んだ。
「それが嫌なんだよっ!」
あまりの剣幕に二人ともあぜんとしたが、ティアがアシュレイの顔を覗き込んで訳を聞く。
「どうして? 向こうはひとりなのに、こっちはたくさんいるから?」
唇を噛み締め、うつむいたまま、アシュレイは顔をあげない。
「そういや、さっき『借り』がどうとか言ってたな。なんのことだ?」
柢王の言葉にも口を開こうとはしない。しばらく沈黙が続いた後。
「…俺が腕怪我したときのこと、覚えてるか…?」
絞り出すような声でアシュレイは呟いた。
以前に大三元が現れた時にアシュレイは腕を負傷していた。
「覚えてるよ。アシュレイだったからあれぐらいの怪我ですんだけど、他の者なら…」
予告通り盗みに入った大三元をアシュレイが追いかけ、煙幕を張られたため、足場が分からなくなって屋根から落ちた、とティアランディアは説明を受けていた。そしてアシュレイの倒れている横には盗まれたはずの『太公望の釣り竿』が置かれていたのだ。
「それが、どうかしたの?」
「…俺は大三元を追いかけて屋根から落ちた。その時の怪我を手当したのは、大三元なんだ」
「大三元が?!」
悔しそうな声でアシュレイは先を続ける。
「そんなつもりじゃなかったって、悪かったっていって…。『太公望の釣り竿』は忘れたのか、置いていったのか分からない。だから今度こそ1対1で勝負してちゃんと逮捕したかったんだ…」
アシュレイは拳を握りしめ、かたい声で言った。
胸にしまい続けていた想いを吐き出したアシュレイは、うつむいたまま、地面を睨みつけている。
怪我をさせたおわびのつもりで『太公望の釣り竿』を置いて行ったのならそれは完全な勘違いというものだ。
アシュレイにとってみれば、刑事としてのプライドを傷つけられた行為にすぎない。
怪我をしたのは自分のミスだし、情けをかけられたかに思えた。
だからこそ次は正々堂々と大三元と向かい合いたかったのに。
今この『梅乃谷』邸にはねずみ一匹入り込む隙間もないほど警官があふれている。
こんな場所で、大三元一人に対し、この警官全員で挑むというのか。
それを思うとアシュレイの中にふつふつと怒りの渦が沸き上がって行く。
再び黙り込んでしまったアシュレイに柢王とティアランディアはかける言葉が見つからなかった。
こんなことを告白することは、アシュレイにとって一番嫌なことのはずで。
無理矢理聞き出してしまったような後味の悪さが柢王とティアには残っていた。
どうしようかと声をかけ損なっている二人に、ふと顔を上げてアシュレイが回りを見渡す。
「…おい、そういやアイツは?」
「アイツ…って桂花のことか?」
「桂花なら、調べものをしてもらっているんだ。後からこちらにくるよ」
ティアランディアは微笑みながらそう言って、アシュレイの肩を抱いた。
できれば、アシュレイの望みを叶えてやりたいけれど、そういうわけにもいかない。
盗まれてしまっては元も子もないのだ。
<赤紫のバラ>も守りつつ、大三元も逮捕しなければならない。
「ねぇ、アシュレイ。お前のそういうまっすぐさっていうのはとてもいいものだと思うよ。でもね、逮捕するだけじゃない。事件を未然に防ぐことも警察の仕事なんだ。たしかに卑怯かもしれない。でも、事件を未然に防いでこそ価値があるんだよ」
ティアランディアが噛んで含むように言って聞かせる。ティアの腕の中でアシュレイは頷きながらも「でも、俺、悔しいんだ」小さく呟いた。