太陽に吠えた危ない刑事たち〜現場到着編1・東部警察〜
4つの警察署の刑事たちが現場へ到着したのはほぼ同時だった。すぐさま制服警官が捜査本部を設置するため、テントを設営し始める。
机を運び込み、椅子を並び入れ、その様子はさながら町内運動会の運営委員のテントのようだった。
「しっかし、目障りでしょうがねぇな」
『盗賊団・牌 首領大三元<赤紫のバラ>犯行予告事件東部警察捜査本部』と書かれた立派な墨文字の前で健は呟いた。
「目障りって…何が?」
慎吾が隣に立ちながら健を見上げる。
「何がって、他の3つの警察署に決まってんだろ。…大三元のヤローもなんで他の所に予告状なんか出しやがったんだ」
「そうですよね、警官なんて多くないほうがいいに決まってるのに…」
慎吾も首を捻る。各警察署総動員といった感の在る現場は、警察官でごった返していた。
こんな警察官のるつぼに大三元は本当に現れるのだろうか…?
「健さん…、<赤紫のバラ>って大三元が狙うようなものなんですか?」
「…<赤紫のバラ>な。あれは世界に一つしかないってシロモンらしいぜ。俺も本物はみたことねぇけど。聞いたところによると、マニアの間じゃその一本のバラが1億とも2億とも言われてる。それくらいのモンだ」
うまそうにタバコをふかしながら健は軽く答えた。
「2億…、1本のバラに? 売り捌くつもりなのかな?」
「いや、それはねぇな。大三元ってやつは、盗った品物はどんなつまんねぇもんでも市場には出さないことで有名なんだ。どんな裏ルート使っても今まで盗んだ物は一つも出てこなかった」
健の口から飛び出した『裏ルート』の言葉に慎吾がピクリと反応する。
ときどき、健は相棒の慎吾にも、上司の貴奨にも行き先を言わずに出かけることがある。
そして決まってその後、今すぐ車で来い、サイレンはならすな! との連絡が入るのだ。
どこからか情報を得ているとは慎吾も思っていたことではあったが、まさか、『裏』とは。
答えたくなければ黙っているだろうと思いつつ、慎吾は口を開いた。
「…健さん、裏ルートって…?」
「こーいう仕事してっとな、いろんな繋がりってのができてくんだよ。それこそ貴奨さんには言えねーようなつながりがな」
お前にも会わせられないけど、と健は付け加えた。
「…健さん、危ないことはしないでよ」
「そんなこと言っても、この仕事自体が危ねーだろーが」
「そりゃそうだけど…」
現場で危ない目にあうのと、そうじゃない場所で危ない目にあうのではかなり違うと慎吾は思った。
仕事の時は必ずといっていい程自分が側にいるし、何があっても、健を守る覚悟は出来ている。
けれど、自分の知らない所で危ない目にあっているとなると、これは話が違ってくる。
危険が迫っていても、健が気がつかないことがあるかもしれない。そんなときに自分が側にいなければ守ることなどできないのだ。
慎吾の不安を読み取ったのか、健は軽く、慎吾の頭に手をぽん、と乗せた。
「そんな顔すんな。ただの情報屋に俺がやられるかよ」
「でも、もしもって時があるかもしれないじゃないか。…俺そんなの絶対イヤだからね!!」
健の腕をがっちりと掴んで見上げてくる慎吾の目の端には少し涙が浮かんでいる。
−まったく、可愛いったらねーな…
自然と笑顔が浮かんでしまう。
今まで犯人逮捕以外にあまり執着をみせなかった健だったが、この慎吾だけは違った。
江端とのコンビを解消してから、幾人かとコンビを組んだが、健のやり方についていけなくなって辞めてしまう根性無しばかりだった。
使えるものは使う、多少荒っぽいことをしてでも犯人は逮捕するというのが健の信条だ。
だが今までの奴らは、それは命令違反だの、見つかれば始末書ものだとかそんなことばかりをいう奴らで、動けといってもどう動いていいのかわからない、現場につれていけば邪魔になる、といったようなデスクワークだけを一生していて欲しくなる輩ばかりだった。
大卒の将来キャリア組というやつを、「使えない」とレッテルを貼って署長に送り返した後、配属されたのが慎吾だった。
また、こいつも使えないだろう、と思っていた健の予想を裏切って、慎吾は今までの奴より遥かにマシだった。
健のどんな小さな動きも見のがさずに、健の動きやすいようにサポートする。そしてそこから刑事のすべてを吸収しようとしていた。
先を見ることにもセンスがある(ときどき、違う方へ行くこともあるが)。
自分で考えるということもできる。それでもわからなければ、わからないと素直に言う。
そして、その経験を次へと生かせる。
上司である芹沢貴奨の義弟であると聞いて、見張りかとも思ったが、捜査方法を報告している様子もない。
それにそのことを差し引いても、「健さん、健さん」と自分を慕ってくるこの新米刑事がとても可愛かった。
「わかったわかった、1人じゃいかねぇよ。近くまではお前と行く。これでいっか?」
「やっぱ一緒に逢うのはダメなんだね?」
「あっちにも、あっちのルールってのがあるからな」
まだ心配そうな顔をしている慎吾の華奢な身体を腕の中に包み込む。
「けっ、健さんっっ!!」
「大丈夫だって。1人じゃいかねぇって言ったろーが? 余計なこと考えてると、ケガするぞ」
抱き締めたまま、耳もとで呟く。健の吐息が慎吾の耳もとに触れた。
その吐息に慎吾は全身が赤くなったような気がした。
無理矢理腕の囲いから逃れると、すこし恨みがましい目で健を見る。
「なんか心配してソンしたっ!」
「そんな慌てて逃げることねーじゃん。心配してくれた感謝のキモチ、だろ?」
慎吾の好きな「目の消えちゃう笑顔」で健は楽しそうに言った。
ふざけているのか、本気なのかイマイチ分からない健の過度なスキンシップは今に始まったことではないが慎吾はそれを受ける度にドキドキして、慣れることがない。反対に健が余裕なことが悔しくて。
健の言葉に少し頬を膨らませると、ごめんって、と頭をぽんぽん、と軽く叩いてくる。
「それよりも、大三元、だな」
今までの笑顔から、一気に刑事の顔に早変わりした健の言葉に慎吾もハッとなる。
予告時間も近いというのに、集中しなければ、とり逃がすことにもなりかねない。
「今まで盗んだものを1度も売りに出したことはないんですよね」
「あぁ」
「じゃあ、今回の<赤紫のバラ>も自分用ってことでしょうか…?」
「たぶんな」
ピンッとタバコを指で弾くと、靴の裏で火を消した。それを拾いながら慎吾は健の顔を見上げて再び尋ねる。
「自分用に盗むつもりなら、なんでこんなに警官を呼んだりしたんでしょうね?」
「それがわかりゃ苦労しねーっつーのっ」
健は慎吾の額をトンッと小突くと、再びタバコをくわえた。