ある日の朝に (前)
鷲尾が目を覚ました時、絹一はまだベッドで静かな寝息を立てていた。
鷲尾はいつも絹一が目覚める前に起きる。別にそうしようとしている訳ではないが、何となく目が覚めてしまうのだ。絹一を見守ってやりたい気持ちがあるからだろうか。
起きてしばらく絹一の寝顔を眺める。もうこれは日課のようなものだ。
体を重ねない夜も、同じベッドで絹一を胸に抱き込んで眠る。冬の朝は、泣きたくなるほどの幸せだった。
絹一を起こさないようにベッドから降りて、新聞を取りにいく。もっとも絹一はいつも壁側で寝かせているから、鷲尾がベッドから抜け出すのは簡単だ。
ミネラルウォーターのヒボトルと新聞と一緒にベッドに戻る。絹一はまだ夢の中で、髪を撫でても身じろぎ一つしない。心も体も全部鷲尾に預けているのだと、安心しきった寝顔は語っている。
どんな言葉よりも明らかだった。
鷲尾が新聞をめくり始めて30分ほど経った頃、絹一は目を覚ました。
ベッドヘッドに背を預け新聞を読んでいる鷲尾に、自分の存在を知らせるように腕を伸ばす。
「よう」
新聞から顔だけ出して、鷲尾は一応の挨拶を投げかけ、すぐまた文字を追い始めてしまう。
まだ半分寝ぼけたまま、気づかれない程度の不機嫌さでそう返す。
自分は男だし、毎日毎日べったりくっついていたい訳ではないしもっと甘やかして欲しい…などと言うつもりはないが、よう、だけで済まされてしまったことが何となく淋しい。
「鷲尾さん」
「なんだ?」
新聞を見つめたまま声だけの気のない返事が返って来る。
鷲尾は寝起きがいい。起きた直後でも、こうして頭に活字を入れることが出きる。
絹一にはとても無理だ。文字を目で追うことは出来ても、内容はさっぱり入ってこない。
…つまらない。
腹筋をなぞってみても、新聞を持っている腕に噛み付いてみても、鷲尾は何の反応も返してくれない。
新聞は、いつのまにか恋敵になっていた。
「鷲尾さん」
今度は気づかれる程度の不機嫌な声で、絹一は鷲尾の名を呼んだ。
それに気づいた鷲尾は、新聞をたたんでサイドテーブルに置き、絹一に目を向けてきた。絹一も起き上がってベッドに座った。