ある日の朝に (後)
「どうした」
「どうしてあなたはいつも……」
それだけ言って絹一は口を噤んでしまった。言おうか言うまいか迷っているような表情だ。
鷲尾には絹一の言わんとしていることが分からない。
「なんだ、はっきりしろ」
ベッドに視線を落として逡巡しながらも、絹一は小さな不満を口にした。
「…どうしてあなたはいつもいつも、俺より先に起きてしまうんですか」
怒っているような様子でぶっきらぼうに続けられた言葉は、鷲尾を更に分からなくさせた。
「俺だってたまにはあなたの寝顔、見てみたいのに……」
最後の方はほとんど聞き取れないほど小さな声だった。言ったきり、また絹一は口を噤んでしまった。
自分が先に起きればいいのは分かっている。鷲尾が悪い訳ではないのだ。
…絹一はいつも俺が先に起きてしまうのを怒っているのか?
鷲尾の頭にやっと、絹一の不機嫌の理由が浮かんできた。
だからと言って何も怒るようなことではないだろう。そうは思ったが絹一の拗ねた顔がかわいらしくて、鷲尾は思わず笑ってしまった。
「どうして笑うんです」
更に拗ねたような声と表情で、上目遣いに絹一が睨んでくる。こんな表情はを張っている仕事中の顔より数倍魅力的だ。
一方の鷲尾の顔はずっと笑んだままだ。不機嫌な顔もその理由も、鷲尾にとっては絹一への愛しさを募らせる材料にしかならない。
「もういいです。今のは忘れてください」
…言わなければ良かった。いつもいつも子供扱いしないでと言ってはいても、これでは駄々をこねる子供と一緒ではないか。
「なんだ、俺の密かな幸せを奪おうってのか?」
「え?」
絹一の頬を軽くつねってやる。歪んだ顔でも絹一のかわいらしさは健在だ。
つねられたままわからないと言う表情で絹一が聞いてくる。
「朝、おまえの寝顔を見るのが俺の一番の幸せなんだよ。それを取り上げようって?」
絹一の顔が、一瞬後朱色に染まった。つねっていた頬を軽く揺らしても、反応はなかった。
「寝てろよ。俺が起きるまで」
絹一の頭を2,3度叩いて、鷲尾は唇を寄せてきた。されるまま絹一は柔らかい感触を受け、自分の幸せはこの腕の中にいることなのだと確認した。
おわり