投稿(妄想)小説の部屋

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No.115 (2000/09/12 14:45) 投稿者:皐月

桜語り 6

「好きだよ」
 突然に若者は言いました。
 花霞が願ってやまなかった、ただひとつの言葉でした。
「吾は鬼です…!」
 まるで、若者を責めるかのような口調でした。
 何度でも、花霞は尋ねずにはいられないのです。
「だーから、さっき聞いたって」
 疑り深いなぁと、若者は可笑しそうに笑いました。
「………ほんとうに?」
「ああ」
 愛しくて愛しくて仕様がないのだと言うような顔でした。
「俺は柢王。おまえは?」
「え?」
 いちばん最初に逢った時の科白を、若者はもう一度言いました。
「おまえのほんとうの名は?」
 何度も何度も、頬の上を若者の指が滑っていくのです。
 揺れている瞳を驚かせないように、怖がらせないように、おまえが大事なんだとありったけの思いを指先に込めて……。
「名は?」
 瞳は見つめ合ったままでした。
「………」
 花霞が唇を開いた瞬間、ひときわ強く風が鳴りました。
 花霞が紡いだ言葉も、若者に届く前に、風にさらわれてしまいました。
 一瞬の間が、ありました。
 「けいか?」
 しかし若者は、その名を紡ぎ出したのです。
 花霞は何も言うことができませんでした。
 胸が、ほんとうにもういっぱいなのです。
 かわりに涙がひとすじ、紫微色の肌を伝っていきました。
「桂花」
 頬を撫でていた手が頭の後ろに回されて、気づいた時には、花霞の細い体は若者の腕の中でした。
 温もりに触れたとたん、涙が止まらなくなってしまいました。
 ……疲れたのです。
 ずっと、この温もりが欲しかったのです…。


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