桜語り 7
若者は花霞が落ち着くまで、ずっと髪を撫で、名を呼んでいました。
細い身体を震わせて泣く花霞に、愛しさは募るばかりです。
ふたりの体温が混ざり合って、ずっと昔からここが帰る場所だったのだと、やっと思い出せたような気がします。
「桂花」
体が離され、温もりが遠ざかった淋しさに俯いていると、顎を持ち上げられました。
涙に濡れた顔を見られるのがいやで、少しの抵抗をしますが、簡単に若者に躱されてしまいました。
「桂花」
もう何度、この名を呼ばれたでしょうか。
頬を両手で包まれ、若者の唇が、花霞の額に落ちてきました。
瞼に、鼻に、そして最後に唇に……。
そうしてふたりは誓いを交わすのです。
全山の桜に見守られ、永遠の誓いを交わすのです。
「愛してる……」
ねぇ、おばあちゃん。どうして桜は綺麗なの?
そうさねぇ…。むかーし昔の話じゃよ。この山には鬼が棲んどっての…。
ひとりの人間の若者と恋に落ちてなぁ。ふたりは幸せに暮らしとったんじゃ。
ふたりが幸せじゃと、桜も綺麗に咲くのさね…。…桜の木ぃはわしらの
幸せを喰って生きとるんじゃよ。
ふーん。じゃあ、かすみが幸せだったら、桜はもっと綺麗になる?
そうさね…。桜の木ぃが、おまえさんの幸せが欲しいと言うとるわ……
昔、丹後の国の山奥に、ひとりの鬼がおりました……
桜に棲むその鬼は、紫微色の肌と白く長い髪を持った、美しい美しい鬼でした……
鬼の名を、桂花………