夢十夜 九 夢の続き
こんな夢を見た。
麒麟はめったに姿を現さない聖獣。初めて姿を現した時には様々な憶測が北領に飛び交ったらしい。
回廊で、側近たちが声をひそめて囁きあっていた。
「見たか、あの麒麟を。あのような生き物が現れるとは…」
「ああ、俺は正直、身がすくんだ。あのような物を王室の身近においてもよいのだろうか」
不安そうに言う男たちに、なにを馬鹿なと笑う声がする。
「麒麟は聖獣だぞ、それも仁徳のある王が現れるときにしか姿を見せぬという瑞獣だ。麒麟を傍に置けるのは高貴な心の持ち主だけだ」
なかなかにわかった奴もいるらしい。仲間たちがまだ胡散臭げに、本当かな〜と呟くのに、その男は続けて、
「しかも、麒麟はすばらしい働きをしてくれる。悪夢を食べてくれるのだぞっ」
「へえーーーーーっ」
それは獏だ。
中庭で使い女たちが囁きあっていた。
「ねえ、あなた、あの麒麟というのをご覧になった?」
「ええ、見たわ。思うより可愛らしい姿をしていたわよ」
「本当に。あれで気性が荒いだなんて嘘のようね」
毛の生えた生き物に対する婦女子の反応は概ね良好らしい。あのしっぽがかわいいわよねーっなどと笑い交わしている。この土地は女の方が進歩的だな。
「でも、麒麟は悪意のある者は威嚇すると聞いたわ」
「いやだ、馬鹿ね。あの麒麟は山凍様の徳を称えてここにいるのだもの。同じ気持ちのわたくしたちを威嚇するなんてないわ」
そうよそうよ、と女子が合唱する。うんうん。
「あ、でも、麒麟に近づくには条件があるとか」
え?
「麒麟に触れてもよいのは清らかな乙女だけだそうなのよっ」
「ええーーーーーっ」
おいおい、それは一角獣だ。
「黒麒麟というのは鉱石を食べるそうだぞ」
「なんと、それでは虜石や鉄を産する我が領では問題ではないか」
「いや、しかし、麒麟はある特殊な鉱石を食べて体内でこの世には存在せぬ物質を作るのだとか。それは虜石と同様に素手では触れぬが天界を揺るがすほどのエネルギーを持つらしいぞ」
「ほおぉー」
それは原子炉だ。天界にウランはありません。
「ねー、お父さん、麒麟は高血圧なんでしょう?」
それはジラフ。
「麒麟の模様は白と黒があるらしいぞ」
それはパンダかシマウマだっっーの!! この土地の人間はどいつもこいつも馬鹿なのかーーっ。
ガルル…。
眠りながらその白い尾を振りたてて何かを威嚇するような顔を見せた麒麟に、北領の王である山凍が見咎めて、孔明と声をかける。
なにかいやな夢でも見ているのか、黒麒麟は人なら眉間に皺寄せ、苦悶の顔だ。
「珍しいこともあるものだな。おまえがそんな顔をするとは。だが、夢などひと時のこと。案じずと、よい夢を見るといい」
温厚な主はやさしく麒麟の頭をなでた。
北領には徳のある王がおり、誠実なものだけにしか従わぬ麒麟はその傍にいる。
だが、その王は知らない。麒麟がうなされていたのは誤解に満ちた過去の光景よりも、ある日突然現れた巻き毛でビラビラ衣装の高貴な方が、誇らしげに言い放った言葉を思い出したからだ。
『山凍、この麒麟を私だと思って大事にしなさい』
そんな恐ろしいこと、夢にだってされたくない。